船旅終了 | 沖縄ウルルン☆滞在記

船旅終了

しきしま/あさなぎ(桜島)
ゆみはり/しゅんこう
さつま
おおすみ
あかいし
巡視船れいめいには下関・長崎で会っています。


あかつき以外の大型船、石垣島に来ていたお船たちにも会う事が出来ました。

元々は第三管区のお船でしたから思い入れがあるわけではありませんが、海上保安庁の歴史を考えると初代しきしまに最後にどうしても会いたかった。

まあ、会えたらいいな〜でした。

(※専従船が揃い、PLH配備が発表される前に私は島を去りました。PLHが来るだろう‥が目に見えていましたがPLH配備発表されたら島を離れたくなくなるからね‥と、私の島暮らしは巡視船配備の歴史と共にありました)


今回、初代しきしまが最後だからと言う理由だけで会いに行ったわけでもなく、私が石垣島から内地にUターンしたら巡視船しきしまに会いに行けるかな?とずっと石垣島在住時代から思っていたからでした。



巡視船しきしまは2018年3月に横浜⇒鹿児島

私が内地にUターンしたのが2018年夏

2018年に初代しきしまが鹿児島へ‥と知り驚きとオワッタと思いました。

PLHであるしきしまにそんな都合よく会える理由がないので、その為に鹿児島までは‥



初代しきしまに会う為に6年もかかりました。

しかも想像よりは早い引退と、引退まで時間がなかった事。


バタバタで計画も何もありませんが旅行会社の勤務経験からなんとかなった気がしています。
大阪ー鹿児島(志布志)まではフェリーにも関わらず約1800㌔の運転に腕が痺れました。

鹿児島県は過去に知覧、霧島、与論島以来の三度目でした。


志布志到着1時間以内に前を走っていた軽自動車が突然、対向車線を超えてトラックに衝突大破。

え?と思った瞬間にガシャーン‥

警察官の方が状況を確認して『よく巻き込まれませんでしたね』と言われて、そこで初めて血の気が引きました。

もう帰りたい‥でも到着したばかりのココは鹿児島県‥

1メートル運転する事すら怖くなってしまい、気持ちを取り戻すのに大変でした。

その後も今まででは体験した事のない変な出来事が続きテンションダダ下がりでもう嫌だとなっていました。


でも考えてみたら無事に帰宅出来た事が何よりで、目的の巡視船たちには全て会えた。
巡視船たちも二日目には出港していましたし‥

なんかここに書いたら全て忘れたいレベルではありますが‥無事に帰宅出来ホッとしていますし、しばらくどこにもいきたくないですね‥イエガイイ‥イエガ。


石垣から鹿児島まで自分の目で見てきた事、急激に増えた巡視船たちを思い出したり、鹿児島到着後の事故を思い出したら平和と自分が今、生きてる事をふと考えたら涙が出てきた。
二度目の平和資料館、三度目の長崎。


本当は鹿児島では知覧特攻会館に立ち寄るつもりでいましたが、とてもじゃないけど今、特攻の映像見たらこの後の運転が出来ないと判断し諦めました。

そしたら長崎で涙が‥

平和についてだったり、今生かされている事を考えちゃったんでしょうね。


さて、


しかし、あのまま私が石垣島暮らしを続けていたら石垣島でしきしまに会う事が出来た可能性があったかと思うと、石垣島で会いたかったです。
スマホもない、LCCも飛んでいない、知り合いも身内も誰も居ない頃の石垣島暮らしで私を支えてくれたものが巡視船はてるま・よなくにでした。


頑張って働いて全国の巡視船に会いに行きたい。それが私のモチベーションでした。



からの‥


全国の巡視船の方から私に会いに来る時代突入


からの‥


全国で一番大きな海上保安部になったのです。
はてるま・よなくに不在の港で白くま食べてる‥笑(白くまは鹿児島発祥)


与那国島(自衛隊)~11管石垣島・宮古島・本島、そして大型巡視船が配備され始め、急に大きくなった10管区鹿児島までを全て自分の目で実際に見る事が出来ました。


ただのオタク扱いされる事が殆どなのですが‥


ここまで急激に保安庁が大きく成長してしまった理由、歴史を石垣島で自分の目で実際に見て体感してきた私以外に一般人はなかなか他にはいないのではないかな?と思います。
なにせ場所が14年前の石垣島から始まっていますし、当時はスマホも無い時代でした。

2010年の中国船衝突事件から14年

私の場合は衝突事件がキッカケでは無く、その前から石垣島の巡視船見て楽しんでおりましたので驚きが大きかったんだと思います。

当時は教科書に載るような事が目の前で起きてるのではないか?と思っていました。

しかしあれから過去形になる事は無く、尖閣諸島問題は大きくなるばかり。

こんな時代になるとは思いませんでしたし、ようやく各管区、自衛隊配備が整ってきたように思います。


昔は石垣?レベルでした。


現在は全国で一番大きな規模となった第十一管区石垣海上保安部
このデカい船の港で昔はぼーっとお弁当食べて、お昼寝して、海眺めてたんですよ‥

大型巡視船が配備されている第十管区鹿児島海上保安部

第十一管区宮古島海上保安部

自衛隊は与那国島、そして石垣島にも
私が見て体感してきた事は保安庁のリアルで日本で実際に起きている事。

海保のイベントでお船見ているのとは全く違う世界なのです。



海猿の乗る巡視船でじま@長崎
潜水士の乗るお船を見てカッコいい~♡なんて事は石垣島ではまず無くなりました。

現在は機動救難士の方々が航空基地にみえます。



就役前の海上保安大学校5代目練習船【いつくしま】巡視船も兼務とか@下関
海上保安大学校は海上保安官の幹部職員を育てる為の学校。


これまでは保大の練習船と言えば【こじま】@石垣島


しかし、こちらも幹部職員増員の為に学生も定員が増える為に建造される事になったのが【いつくしま】

保大の練習船と言えばこじまですが、これからの学生さんたちは綺麗で大きないつくしまで学ばれる事でしょう。


増員!造船!増船!船が全部PL、PLHになってるけど乗組員はホントにたりてる??のか謎です。



そして鹿児島に向かう途中で新しきしま爆誕ニュースが入ってきました。


PLH31しきしま誕生後は鹿児島配備。



初代PLH31しきしま


二代目PLH31しきしま



交代を待たずに退役が決まった理由はボロボロと同じPLH31しきしまだからか!!!!!


やばーい‥名前消されるぅーーーーー!!!!
詳しいルールは知りませんが名前を引き継いでも番号まで引き継ぐってあったっけ??

一般的には交代制なのに、まだ旧しきしまが正式に退役(4/15)していないのに、新しきしま爆誕ニュースには大変驚きました。


最後までしきしまは謎のお船で、他の巡視船たちとは何か違うなーって感じが勝手にしています。


進水式がされた新しきしま⇩@下関
この写真のどこかにいます‥笑



今回、他にも沢山の巡視船たちと出会い、再会がありました。

旧しきしまの引退で保安庁の歴史も一旦区切りかな。

まだまだ新造船は増えますが、やはり思い入れがあるお船は私にとっては全てではありません。


はてるま型はてるま、よなくには見届けましたし、旧しきしまの解役と共に船旅は私にとっても一旦区切りかなと思っています。


時間もお金も有限ですからね。



九州の畑を勝手に研修
九州の畑が凄いのは知っていましたが想像以上で大変驚きました。
時間が無いのでゆっくりもできませんが、土から土壌消毒、さつまいもの基腐病の事
私の住む場所では田んぼがメインで、兼業農家が殆どだから‥


なんじゃこりゃ!です‥

ただのアート‥

芸術‥

美術館??
畝幅も始めて見たし、半袖でも暑いのに黒マルチ?

そら豆の仕立ても生まれて始めて見たわ!ってやり方。


開いた口がふさがらない状態でした。


人生八方塞がり、私はこれからどうしたらいいんだか‥


とても真似出来るレベルではない現実をしる事に。



船旅卒業して、畑の研修旅に出なければ‥(どこ目指してんの‥笑)



そんなわけで、私の船旅一旦終了です(ホントに?笑)