前回からの続きです。
前回は、根頭癌腫病が発症する仕組みや環境を述べました。今回は癌菌と戦う…、拮抗(キッコウ)する微生物について、加えて、土の中で何が起きているか? について述べたいと思います。(重複するところもありますが、ご了承ください。)
根頭癌腫病の仕組み
癌菌(Rhizobium radiobacter (旧名)Agrobacterium tumefaciens アグロバクテリウム・ツメファシエンス)が存在する土の中で苗が植えられると、癌菌は苗の根のまわりに集まってきます。そして、苗の根に傷が付くと苗が出す修復しようとする化学物質に反応して寄生を始め、寄生すると遺伝子組み換えを行い、癌腫を作り出します。
拮抗とは…?
この癌菌にもいろんな敵がいます。塩素や逆性石鹼、アルコールなどの化学的殺菌剤は当然のことながら、そんな殺菌消毒剤以外にも、拮抗する微生物が存在します。素朴な疑問で…、拮抗(そもそもは将棋の言葉のようですが…)とは何なのか…?
これは実験する微生物を寒天平板法というシャーレの中で戦わせる、よく目にする実験方法のことです。A細菌が攻めて来たけど、B細菌は防御している…。みたいな…、テレビCMなどでもよく見る画像です。
癌菌と拮抗する微生物としては、最初に発見? 偶然のような気がしますが…、バチルス菌です。1940年頃の話です…。
いずれにしても、2023年現在、癌菌と拮抗してくれるのは以下の微生物たちです。
(注、ここ重要です! 同じ属種でも微妙に働き方が違う細菌が多いので、その属種のすべてが拮抗するわけではありません。また、私の調査があまくて、現在はもっと増えている可能性もあります。なお、記述順はランダムで、特に意味はありません)
癌菌と拮抗する微生物たち
Penicillum(ペニシリウム) アオカビ属(ペニシリウム属)のカビの総称で、普遍的に見られる不完全菌(不完全菌とは、大雑把に言うと、有性生殖を行わず無性生殖のみを行う仲間)の一つです。300種類以上が知られており、地球上に広く分布しています。抗生物質のペニシリンを作り出すことでも有名です。常に空中に胞子が飛散しているので、パンや餅などには、真っ先に生えます。多くのアオカビは食べられませんが、この仲間を活用した食品としてはゴルゴンゾーラチーズが有名です。
Asperigillus(アスペルギルス) アスペルギルス属は自然界に広く存在するカビ(真菌)の一種です。コウジカビとも呼ばれ、味噌や醤油、日本酒などの発酵食品の製造に利用されています。私たち日本人の食生活では、もっとも身近な細菌とも言えます。ただ、麴菌と言うと良い菌のイメージがありますが、皮革製品に生えたり、人間や動物に日和見感染症を発症させるものや食中毒を起こすものもあります。
Pseudomonas(シュードモナス) シュードモナス属は世界中の土壌中や水中に存在します。人間に害を与える緑膿菌などが有名です。家庭内の水まわりなど人間の生活環境中に広く常在しています。また、人体内の常在菌でもあり、口腔や腸管内にも生息しており、病気などで抵抗力が落ちると増殖します。以前から有用微生物として認識されていた、アゾトバクターもこの属の窒素固定菌です。
Ttichoderma(トリコデルマ) トリコデルマはフンタマカビ綱ボタンタケ目ボタンタケ科に属するキノコ(子嚢菌)です。 無性世代では緑色の胞子を形成することからツチアオカビの名で呼ばれることもあります。 一方、有性世代では球形の子実体(キノコ)を作りボタンタケと呼ばれています。森林土壌などに普通に見られますが、他の菌糸を食べて(寄生・分解・吸収して)しまうこともあり、梅雨時期のシイタケ栽培などに被害を与えることがあります。また、地温が40℃以上になると、死滅することもあるので、蒸し込まれるような状態は避けた方が良いです。このトリコデルマ菌が詳しく研究されるきっかけになったのは、今から約80年前の第二次世界大戦の時に、アメリカ軍が東南アジアに進出した日本と戦うため、軍服や軍事テントなど、コットン(木綿)製の製品を使用しましたが、いずれもすぐにボロボロになってしまい、その原因を探る過程で有名になりました。今日でも、セルロース(植物の細胞壁や繊維などのブドウ糖からできた高分子化合物)分解細菌として、最強の称号が与えられています。
Bacillus(バチルス) バチルスとしか昔の論文に書かれていませんが、Bacillus subtilis バチルス・サブチリスです。納豆菌とか枯草菌として有名です。現在の研究でも、これがいろいろな病原菌に拮抗する報告があります。土壌有用微生物というと、まずはこの菌になり、有用微生物入りと書かれている培養土などは、納豆菌と乳酸菌(ラクトバチルス)しか添加していない物も多いのが現状です。逆に、これを添加しておけば「有用微生物入り」と謳えるので好都合なのです。バチルス属細菌は、土壌細菌の16~46%を占めており、土壌や水、空気中に広く分布しています。もし、これらバチルス菌がいなくなってしまったら、世界中いろんな病原菌だらけになってしまうでしょう。ただ、土から出てしまうと、食品への二次汚染菌となる場合が多く、食べ物の腐敗菌としても知られています。
Enterobacter(エンテロバクター) エンテロバクター属、グラム陰性(グラム陰性とは、大雑把に説明すると、グラム陰性が水中型で粘膜状の細胞壁を持ち、グラム陽性が陸上型で厚いけれどスカスカな細胞壁を持ちます。前出のバチルスはグラム陽性です。グラム陰性は構造上、抗生物質の効きづらいものが多いです)の非芽胞形成通性嫌気性(嫌気性とは酸素が無くても生きられる菌です)の桿菌(かんきん、細長い棒状または円筒状を示す細菌)で真正細菌の一属、土壌、水や汚水、糞便中にみられます。人間や動物の腸管内および環境中に広く分布し、尿路感染などを起こす菌です。ヨーグルトなどのCMでよく聞く日和見菌と呼ばれる腸内細菌です。
Stenotrophomonas maltophilia(ステノトロフォモナス・マルトフィリア)は土壌や汚水に生息する多剤耐性の細菌です。ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌で、弱毒の日和見病原菌ですが、肺炎や菌血症の病原になることがあります。抗生物質に本質的に耐性のある細菌で、医療現場では厄介な細菌だと言われています。私は、これが拮抗するかどうか、ということを試した研究者さんはすごいと思います。人間が発症する他の病原菌みたいなものも試してみたのでしょうか? ペスト菌とか、結核菌とか、コレラ菌とか、レジオネラ菌とか…。もし調べていたら、結果を知りたいものですが、拮抗する報告は無いようです…。
Flavobacterium(フラボバクテリウム)フラボバクテリウム属はグラム陰性の非運動性または運動性の桿菌です。現在までに近い種類と合わせて270種以上が確認されています。この細菌は、多様な土壌及び淡水環境で発見されており、いくつかの種は、淡水魚に対する病原性を持つ常在菌かつ日和見感染原因菌です。サケ・マスの冷水病の発症菌です。また、この菌は同属であればどれでも、ほぼ拮抗するらしいです。そして、トリコデルマ菌のように癌菌を溶かしてしまうらしい…?です。(…らしいばかりで…、ごめんなさい)
Agrobacterium radiobacter K84 アグロバクテリウム・ラジオバクター・K84は、オーストラリアのモモ(バラ科)の羅病根圏(羅病とはすでに根頭癌腫病に感染している株)から分離された非病原性の変異種で、K84は癌菌と戦うのではなく、スクラムを組んで本家の癌菌が根に近付くことを阻止します。これは根頭癌腫病に拮抗する細菌の中で、唯一、農薬として登録されていますが、現在は登録が失効して販売されていません。(拮抗はしますが根頭癌腫病の治療はできないので、本質的には予防薬という位置付けです)
農林水産省登録 第17474号、 農薬の種類 アグロバクテリウムラジオバクター剤、 農薬の名称 バクテローズ、 申請者名 日本農薬、 登録日1989/12/01、 失効日2021/06/22、 失効理由(65)販売量が少なく、登録を継続することが経済的に困難と判断したため。
以上が、拮抗微生物として論文などに出てくる微生物たちです。が、最近、アカントアメーバという原生生物(細胞核を持った細菌よりも高等生物)が癌菌を捕食することがわかりました。このアメーバは、細菌を捕食しながら分裂を繰り返し、生活をしていますので、癌菌だけを好んで食べているというよりも、他に食べ物が無ければ食べる…、という程度かも知れません。当然、有用菌も食べてしまいます…。Acanthamoeba(アカントアメーバ)は、世界中の土壌、湖沼、池、河川などの自然あるいは噴水などの人工の水環境中に広く生息しています。自由生活性アメーバと呼ばれるアメーバの一種です。人間に対しては、角膜炎を発症させることでも有名です。根頭癌腫病でよく耳にする「3年続けて水田にすれば、癌菌はいなくなる」とかいう実体験の理論も、こんな微生物が捕食して、密度が下がったからかも知れません。
もうひとつ追加です。
Rhizobium vitis ARK-1(リゾビウム・ヴィティス ARK-1) というのが2011年に発表されました。これは、ブドウの根頭癌腫病を発生させる癌菌(Rhizobium vitis リゾビウム・ヴィティス)の非病原性の変異株です。バクテローズのK84と同じようなものですが、ブドウには有効ではなかったK84とは逆に、このARK-1はブドウ以外のバラやモモなどの癌菌にも有効な結果が出ているようです。今後、製品化できるように農薬製造会社と開発を進めており、生物農薬として販売される可能性が高いようです。(ただ、これもK84と同様、予防薬です)
これに関連して、もし、バクテローズK84がブドウの癌腫病に有効だったら…、製造中止にはなっていなかったと思います。現在、食べておいしいシャインマスカットのような食用ブドウ以外にも、世界的にワインの生産が盛んになり、ブドウの作付面積も増え、ブドウの根頭癌腫病もバラと同様に多くの被害が出ています。これらのブドウは、趣味の園芸ではなく、ほとんどが営利目的の栽培なので、経済活動に及ぼす影響も膨大なのです。
土の中で何が起きているか…?
いろんな微生物を述べてきましたが、土の中で何が起きているのか…? 簡単には想像できませんが、私たち人間の消化器官に置き換えて考えてみて下さい。
私たちが食べる食べ物は、口の中で良く噛まれて細かくされ、胃の中の胃酸で溶かされ、溶け切らなかったものは腸内の微生物によって分解され、栄養分は吸収されて、それでも吸収されなかったものは便(ウンチ)として放出されます。
食べ物が口に入ってから24~48時間(医師によっては12時間という方も…)で便として出てしまいます。胃が空になる時間は3~5時間と言われますので、口から入った食料は、多くの時間を腸内で微生物が分解していますが、その食べた量を考えてみて下さい。土の中の有機物とは比べ様が無いほど、たくさんの食べ物を微生物が分解していることがわかります。腸内細菌の数は、およそ1000種類以上、600~1000兆個と言われています。
このように、微生物が動き回って何をしているのか…、見えるわけではありませんが、土の中でもモゾモソ、ゴソゴソ…、いずれにしても、微生物たちは自らの生存競争に打ち勝つために活動しているのです。
ですから、土の中でも、自分で食べ物を探す微生物(自分で起業するベンチャー企業みたいな…)の他にも、植物の根に共生するような微生物(公務員や社団法人みたいな…)がいて、また、仲の良いものや敵対するものがおり、ケンカや戦争も起きて…、まさに土の中は人間社会の縮図のようなものです。
なんか話が逸れましたが…、人間の腸内では体温の36℃程度でもっとも活動する微生物たちが、せっせと仕事をして食べ物を消化しています。その腸内に住む微生物を集めると、1~2㎏もあるのです。
また突然、話が変わりますが、植物の根は一般的に15~25℃程度が適温で、その温度で活動する微生物…、菌根菌や外菌根、加えて有用微生物が多ければ、植物は良好に成長すると言えます。土の中の話です…。
ちなみに、植物がどうやって温度を感知しているか…、という研究が日々行われていますが、これぞという発見はまだありません。受光体が感じている…、とかが、もっとも有力な説になっていますが、冬のバラのように、落葉する植物はどうなるのでしょう?
私が以前、いろんな文献や資料から、植物の温度を感じるシステムとして認識していたのは、1週間の平均気温で、温度が上がったから新芽を出す、というような学術や化学とは言えない慣例のような理屈を正しいことだと思っていました。温度を感じるのは地際の根が始まるあたりとのことで、ここには植物にとっての脳みたいな物があるとも言われていました。しかし、菌根菌や外菌根など、共生や共存する微生物を調べるにつれ、植物が気温を感じるのは、土の中の微生物の影響ではないか? と考えるようなりました。
なぜなら、地温が上がれば微生物は活発に活動し始めます。共生している菌根菌や外菌根がいたら、窒素などを宿主の植物に届けると、微生物たちは何らかのお返しを求めるはずです。これが春になって新芽を出し、植物が光合成を始めるサインなのではないかと感じています。
でも、種子の発芽温度とかで考えると、酵素がデンプンを分解する量が増える温度(20~25℃くらい)が適温で、茎や根も同じことを行うのなら、前述の理屈は間違いとも言えますが…。人間の場合、皮膚の温度情報は感覚神経から神経細胞を通じて脳に伝えられます。植物は人間とは違う方法で温度を感じているようで、とても不思議なものです。温度とは違いますが、短日植物や長日植物の違いなども…、むずかしい話です…。
今回はこれくらいにしたいと思います。
次回はこれら拮抗生物の入手方法などを述べて行きたいと思います。
なおこのブログは、私が作っているバラ用の「根頭癌腫病と戦う微生物入り培養土【商品名】 ベストミックス(BEST MIX)」をお知らせするためのブログです。
最後の清流と呼ばれる四万十川の流れる、高知県の田舎から、全国のバラや桜の未来を案じて…、この培養土を作りました。ご連絡を頂ければ、直接発送も致します。グーグルマップにて「高知県四万十市(しまんとし)秋田(あいだ)」で検索してみて下さい。
根頭癌腫病と戦う微生物入り培養土(2024年3月販売予定)
【商品名】ベストミックス、【内容量】14ℓ、【重量】約6kg、【定価】1500円(直販割引等もございます)
【内容物】 バーク堆肥、ココピート、赤玉土、鹿沼土、四万十の土、もみ殻燻炭、パーライト、バーミキュライト、農業用微生物資材、つばき油粕、米ぬか、蟹殻、糖蜜など
※ 一般的な微生物混入培養土より、微生物をたっぷり入れています。庭土や安価な培養土に混ぜても有効です。
(注)このブログは、私が製造販売しているバラ用培養土「ベストミックス」のお知らせブログなので、学術論文ではありませんが、大学や研究機関の論文などを参考にしています。