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ブログを再開したものの投稿しないまま10日

 

 

 

この間なにをやっていたかというと、

 

 

 

母の遺したブーゲンビリアが咲いて 

(・・・私がしたことじゃないか)

 

 

 

追加のハーブとエッセンシャルオイルが届いて

 

 

 

バスソルトを作って、使って

 

    

 

バスソルト「Paradis 〜楽園〜」と「Source 〜源〜」

 

 

ポプリのお手入れをして

 

 

 

夜な夜なフローリスト谷口敦史さんのインスタライブを見て

 

(注文を受けたアレンジメントやブーケを作りながらのお喋りライブ:いーっぱい素敵なお花を見れて、勉強になるし、話は面白いし最高❤️)

https://www.instagram.com/atsushi_taniguchi/  

 

谷口さんのお花屋さん jardin du l'Illony

アイロニー企画の市場直送の生花を受け取って

 

 

 

初めて自分でブーケを作って

 

 

 

生けた花を愛でて、お手入れして(ほぼ毎日束ね直し、生け直し)、お風呂に入れたりして

 

     

 

 

ひたすら🌷花三昧🌷していました。

 

 

 

ただ、完全にそれに集中していたかというとそうでもない。

 

 

 

花を愛でて花に癒されながら、

いくつか決めないといけないことに向き合い

 

 

ゆらゆら ゆらゆら ゆらゆら ゆらゆら 

ゆらゆら ゆらゆら ゆらゆら 

 

ゆらゆら 

 

していた。

 

 

 

ゆらゆら ぐらぐら 決められないうちは 

決めなくていいのかなぁ

 

それとも ゆらゆら ぐらぐらした中で 

えいっ!これ!!って決めて

前に進んだ方がいいのかなぁ

 

 

その二つの間で 

ゆらゆら ぐらぐら していました。

 

 

そうやって ゆらゆら していると 

時間が経つうちに 状況が進んで 

あったはずの選択肢が無くなって

一つ駒が進んだりもする。

 

 

「人事を尽くして天命を待つ」は、

 

私が大切にしてきたことだけど

 

これまでは とにかく

 

「できるだけ やる!!」(とにかく行動)

 

だったのが

 

 

ただ待つ ただ揺れている 

 

それも人事の尽くし方と思うようになった。

 


 

 

 

そんなこんなで

 

とりあえず決められないことには 

 

どうにも出来ないので先送り

 

 

 

そんな風に 揺れることと 決めることについて考えていたら

 

そのどちらも、色で言うと グリーン だと気づいた

 

 

葛藤するこの苦しい感じは 少し イエロー が入った オリーブグリーン

 

色々ある選択肢を前に、

自分の意思・意図は何か自分に問いかけて

 

丁寧に確認すること 

 

決められなければ必要なだけ時間をかけること

 

 

今は オリーブグリーンを生きているのね わたし

 

一生懸命やってるよね その色

 

 

と思ったら 今日買った花は黄色いバラで

 

 

先週からのグリーンと組み合わせて出来たのは

黄色グリーンオリーブグリーンのブーケ

 

 

 

5本550円と格安だったバラ。

ジャンヌダルクって名前だって。

組み合わせるグリーンが良いから、しっかり決まる!

 

 

 

他のお花と悩んだけど、しっかり自分の色を選んだね、私。

 

 

本題とはズレるけど

 

花と同時に、10年来のお付き合いの 

色を使った魂のセラピー オーラソーマ にも再フォーカス中

 

色彩の 彩の 彩子だもんね

 

彩の国さいたま出身の 彩子だもんね

 

大切にしていこう   

今、思うように身体が動かなくって、家にいて、じーっとしていて、
お金が身体の延長、いや、延長というより身体の一部、という新しい感覚が根付いてきた。
 
「あ、これが欲しい」と思う。
心が動いて、その物を得るために手を伸ばすように、お金を払う。
 
「あ、この世界が見たい」と思う。
心が動いて、見たい世界を見るために足を運ぶように、お金を払う。
 
ハートから伸ばされる手や、ハートが踏み出す足の一歩をイメージすると、
お金を払う行為って、すごく優雅だ。
 
そうやってお金を払うと、欲しいものが手に入り、見たかった世界に入り込むことができる。
 
自分の生きる世界が変化する。
 
お金が、自分の行きたかった世界に
自分を連れてってくれる。
 
だから、お金は身体の一部。
 
 
この感覚、今まで薄かったなあ。
 
 
これは、「払う」ことだけでなく、「稼ぐ」ことでも一緒だと思う。
 
 
心が動いて、「これがやりたい!」と思って、何かをする。
 
やったことに惹かれる人が手を伸ばしてくれて、足を運んでくれて、(=お金を払ってくれて)、お金が入る。
 
 
雇用も起業も本来そういうもので、その純粋なやり取りだけで続けている人・組織は、本当に素晴らしいと思う。
 
 
私、そうじゃなかったなあ。なんか、不純だったなあ。
 
 
私も元々は「『これがやりたい!』って思ってその仕事に就く」ということをしていたけど、いつの間にか、やりたいという純粋な気持ちより、維持・守り・計算からの仕事、収入になってしまっていた。
 
振り返ると、多分妊娠して子ども産んだ辺りから。
 
子どもが欲しいから結婚しようって思って、
結婚して、妊娠して、子ども産んで、自分の世界が変わった。
 
仕事に向かっていた「これがやりたい」の矢が、別のものに向かっていった、
あと、
両立が始まってから、携わる仕事に対する私の要求が高まったこともあるかなあ。
 
家庭を持ったことで自分の世界がぐんと拡がったのに、
自分が所有するエネルギー・時間は変わらない。
 
その中で仕事に一日の大部分とも言える時間・エネルギーを割くのだから、
仕事は自分の純粋なところと一致するものであって欲しいという要求、欲求。
 
本当のところは、寸分でもズレると許せないのに、
疑問を抱いたまま納得いかないままやらなきゃいけないことがやっぱりあって、
それをそのままやるっていうのがどうにも私には苦しくて。
(そのくせ生真面目だからやるとなったら真面目にやって手を抜けない、悲しい性分。。)
 
そんな小さな経験が埃のように溜まって、
“自然に心が赴くように動いて仕事して、自然にお金が入ってくる”
(独身時代はそんな感じだったなあ)
そんな歯車が滑らかに動かなくなって、
 
“無理して頑張ってどうにか仕事して、頭で考えて計算して欲しいお金を得る”、
そんな風になっていった気がする。
 
 
これからは、お金を自分の身体の一部にする生き方を、実践してみたいと思います。
 
お金のために身を削る生き方の、逆。
 
 
たぶん私(いや、私だけでなく、全人類同時に)、
 
今、心身ともに大規模改修中、
 
生活や、仕事や、お金、それらに対する考え方、感じ方、大きく変容中だと思う。
 
 
心が、身体が、直感が、
自然に動くようにだけ身体を動かして、
お金使って、
自分の生きたい世界を作る。
 
生きる世界が自分の純粋なところと一致した形で広がることで、
多分、自然とお金が入ってくる。
 
・・・はず!
 
5年前からずっとフォローしている子宮委員長はるちゃんの「子宮メソッド」や
八木さやちゃんの「自分ビジネス」をもう言い訳・先延ばしなしで
本気で実践しようと思って亀の歩みで復習中。
 
 
ちょっとだけでも、感覚が掴めた経験が一つできたから、
もっと進んで大丈夫だな、って思った。
 
その小さな経験。
 
今回の6年半ぶりのブログ再開、

「子宮メソッドを実践しよう!」とか
「自分ビジネスをやろう!」とかって思って意気込んで始めてない。
 
家にばかりいて、結構な時間を寝転んで過ごしていて、
スマホばっかりだと腕も手先も目も耳も疲れるから、もう少し楽にと思って、
この5ー6年家ではほとんど使うことなかったパソコンを使おうと思った。
 
気付いたらパソコンをなんと10年以上買い換えていなかった。
 
iPhoneでぱっと目に入った新しいMac Book Airが魅力的で、
初めてWindowsからMacに乗り換えようと思った。
 
バージョンどれがいいか調べて、迷ったけどえいやって
Appleのオンラインストアで注文した。
 
Mac Book Air、来た。
 
いやあ、これまでのPCに比べて、格段に解像度や音声が良い!!
 
入力も、スマホで打つより、断然楽そうだ。
(まだMacのキーボード入力に慣れてないし、結局くたびれて寝転がってスマホで打つのだが(笑))
 
目も、耳も、手も、指も、楽〜〜〜❤️
 
あれ? パソコンでFacebookみるのって、なんか不便。。見にくい。。
(スマホでフィットするように出来てるよね?)
 
あ、文章メインだったら、ブログの方が見やすいかも、打ちやすいかも。
 
今ここ、です。
 
自然な身体の動きを重ね、身体の楽を追っていった結果、そこに辿り着いた。
 
そのひとつの経験だけでかなり満足です。
 
この感じ、なのね。ひとつ体感できて良かった。
 
思えば今こちらも亀の歩みでやっているバスソルト作りも全く一緒。
全然「やろう!」と思って始めてない。
なんか自然な心の動きに従ったら、そこにいたって感じ。






これからもこの調子で、計画せず、計算せず、狙わず、自然に自然に、やってみたいな。

このスローな生き方は、きっと地球環境の改善に繋がるはず。
 
それくらい、体感が違う。無理がない。楽。
 
この丁寧でスローで優雅な動きとは違うものが交じっていたら、自分で気付けるように、行動する前の自分観察を、丁寧に。
 
新しい自分、古い自分、そのふたりを観察する第三の自分(審判役)、
この人たちの物語について、これからブログを書いてみようかと思います!
(今思いついた← 書いたの3日前、今でもそうかな?分からない(笑))
 
では、自然に書ける日に、また。

ブログを、6年半ぶりに再開します。

 

それに至った経緯やこれから書いていきたいことは次に回すとして

(書いていた記事が消えた!)

 

今日は練習程度の短いものを。

 

 

お昼頃、5日ぶりの外出をして郵便局とスーパーに行ってきました。

 

(私の”Stay Home"は、コロナによる自粛ではなくて、

自分の心身の不調による休職のためなんだけれど、

偶然にも休職期間は緊急事態宣言と同じ5月6日まで)

 

こちら品川区と大田区の区界、大森駅界隈、

緊急事態宣言下なのだけど、

普段の平日昼より、よっぽど人通りが多いです。

 

驚くと共に、都内の住宅地で、

普段学校にいる子どもたちや会社に行っている大人たちの大多数が家にいて、

ちょっと身体を動かそうと散歩に出たり、必要なものを買いに出かけたりしたら、

そりゃあ普段の平日の昼間より人通り多くなるよなあと思いました。

 

私たち、普段 “Stay at School" "Stay at Office"で、

どれだけ3密、「密閉」「密集」「密接」な空間に身を置いているんだろう!

 

今の”Stay Home"、

やることがある程度決まっている集団に身を置き統率の取られた状態から、

一人ひとりが制約がある中だからこそ意識的に自分の一挙手一投足を決める

環境へのシフト。

 

なんだか自由だ!と、気持ち良い太陽の下思ってしまったのは、不謹慎でしょうか。

 

(念のため書いておきますが、

もちろん「みんな家にいようよ」と思っているし、

こんな中でも外で働かれている方は本当にお疲れ様です、だし、

沢山の方が苦しんだり亡くなったりしているコロナは早く収束して欲しいですよ。)

 

 

 

もう一つ。

 

ワイドショーを見ていると、とにかく政府、政治家、官僚、自治体、

あるいは自粛しない人たち、買い占めをする人たち、

あらゆる批判・非難に満ちています。

 

生命を優先させるのか、経済を優先させるのか、そういう論調もある。

 

今のコロナ禍は、

現代に生きる私たちが、

自分自身の否定を他者への非難に変えてきたこと、

生命より経済を優先してきたことの

結果として起こっていることだと見てみて、

 

批判を他者に向けようとしている自分がいたら

自分は自分の何を否定・抑圧しているのかな?と観察してみる、

 

自分は自分の純粋な命のエネルギーよりも、

経済、お金、稼ぎ、生活を回すことを優先してはいないだろうか?とチェックしてみる、

 

自分の生き方、行動、考え方を、振り返って、

 

自分をどう生かすのか、命と経済のバランスをどう取るのか、自分はどんな両立のさせ方をしたいのか、ゆっくり考える良い機会ですね。

 

私もまさに今、

これまで生活を回すことや働いて稼ぎを得ることの裏に置き去りにされた

自分の命、身体、魂に、目を向けています。

 

本当は、経済と命、どちらかを選ぶというものではなく、同じものなのですよね。

 

そんな気付きもあるので、また次回。

 

 

 

 

写真は、お昼ご飯の冷汁。みょうがが美味しい季節になってきた!