4−5月のコロナによる自粛期間中に
かつてないほどの時間を家で過ごして
いつもより家族に向き合ったり
家の環境改善を考えたりした人、
多かったのではないかと思います。
私はもともと「家」への興味が強いです。
建築家やインテリアコーディネーターが
子ども時代の憧れの職業の一つで
去年ふと一念発起して
インテリアコーディネーターの
資格取得のための勉強を始め、
また、
夫婦揃って不動産情報を見るのが大好きで、
6年前に結婚してから色々物件巡りをして、
3年前に鎌倉に一軒家を買い、
去年の夏至からの1年で
都内にワンルームマンションを複数買って、
いつの間にか夫婦で
5軒の物件持ちになっていました。
今は、お花で美しく家を飾ったり、
来年度から住まう家の
レイアウトや装飾を考えたり、
家具探しをしたりするのが楽しい。
こんなに自分の時間と労力を注ぐ「家」って、
私にとって何だろう?
「家」は、「安心・安全」の象徴。
私が育った家はすごく不安定だったから
全くもって「安心・安全」の象徴ではなく、
家族が仲良く、温かく、
皆が安心して寛げるような「家」というものに
ずっとずっと憧れてきたんだな、と
最近気がつきました。
これに気がついてこれを認めるのは
すごく難しいことだった。
なぜなら、
それは私が小さい頃から願って止まないことで
でも、いくら願っても叶わず、
その度に心の底からがっかりして、傷ついて、
絶望してきたから。
素直にその憧れを認めることは、
自分にとって辛すぎることだった。
こういう風に、
自分が育ったり自分で築いたりした
家庭というものと
自分の「家」というものの見方、感じ方を
見てみるの、面白いです。
私の身近な例で言うと、
私と同じ環境で育った弟は
数百年続くお寺の家の娘さんと
20代半ばで結婚して、今や4児の父。
育った家で得られなかった温かさを
今、自分で築いているように思います。
思えば彼も大学時代は引っ越し屋のアルバイトをすごく楽しんで頑張ってやって
社会人のスタートは不動産業界で、だった。
一方、私の夫にとっては、
実家が温かく心休まる場所で、
今でも実家に帰った後は
すごく元気になって帰って来る。
(・・・えっ?!今の家で安心できてないの?!(笑))
夫の他、その姉や弟、全員晩婚ないし未婚、
実家が離れがたい場所だったんだなということを思います。
そんな夫も趣味で宅建を取るほどの不動産好き。
こんなことを考えている時に思い出したこと。
結婚準備中に二人で食事をした時、
「お互いと結婚したら相手に何を提供できるか?」という話になって、
夫は迷いなく、
「安心と安定!」
と言ったのでした。
・・・その頃の私は(というかつい最近まで)
自分は非・安定志向だと思い込んでいたので
「私、安定なんて全然求めてないし!!」
と言ってのけたのですが、
なんとまあ、
彼が提供してくれる「安心と安全」、
私が心から求めて止まない、憧れのものでした。
(6年かけて自分が心底求めているものを提供してくれる相手と結婚したんだということを知る!)
そして、実際には「家」でないものが、
家の代わりになることもある。
自分が育った家が心もとない
不安定なものであった私にとって、
25歳からの19年を過ごしてきた会社は、
たくさんの家族がいて
自分を厳しく育て、
そして最後には温かく守ってくれる
大きくて安全な「家」だった。
今、その家を出て
自分自身で作る小さな家に移る引っ越し
(会社員を卒業して個人事業主になろうと思っている)
なかなか進まないプロセスの最中なのだけど、
あ、そっか、私にとって会社は
自分が幼少期から求めてやまなかった
安心・安定・安全、
それらを提供してくれる「家」であって、
だから、そこから出ていくことが
こんなにも難しいのだな、
と理解しました。
5月から6月にかけての6週間で、
IFS(Internal Family System/内的家族システム)
という心理療法の手法を扱う
初級講座を受けて、
先週から8月末まで続く
中級講座に進んでいます。
面白いことに、これを通じても私は
「家」というものに触れている。
私という一人の人間の中にいる、
たくさんの副人格。
その集合体が「私」である。
いわば、「私」は、たくさんの副人格が
一緒に住まう「家」の存在。
これまで、私の中に住まう副人格たちは、
互いの存在が全く目に入っていなかったり、
お互いを全く理解していなかったり、
批判する人と批判される人が緊張関係にあったり
指令を出す人と働かされる人が厳しい主従関係にあったり
繊細な自分を守ろうとする別の存在が
必死で働いて疲れ切っていたり、
たくさんの不協和音が流れていたみたい。
この手法を学んで、
私の中にどんな副人格が住んでいて、
それぞれが私という家庭の中でどんな役割を果たしてくれているのか
それを理解し始めてみると
これまで自分の中にあった葛藤や不安定さが
それら副人格の間の不調和により生み出されていたのだと気づくことができました。
ある存在を激しく批判する別の存在は、
私が堕落しないように私を見守ってくれているだけだった
ある存在に指令を出し続ける別の人格は、
私がどうにか与えられた環境の中で
光を浴びて生きていけるよう
別の人格に仕事を依頼していただけだった
粗探しをするように私をじーっと見つめ続ける意地悪そうな存在は
私が失敗しないように
惨めな気分を味わないように
自分自身に対する信頼を損なわないように
私を守ってくれているだけだった
これまで私の中で私を苦しめる存在でしかなかった人格の真の意図に触れることで、
それぞれの副人格が、それぞれの役割を認め合い
一つのシステム=家庭を構成する
真の家族になっていくプロセス
それを体験しつつあります。
(まだまだこれからが本番)
私は19年間私を保護してくれた家(=会社)を
出て行こうとしている今
私自身が本当に安心して過ごすことのできる
家・家庭づくりを進めるのと同時に
複数の人格が構成する「私という家」も、
安心できる家に作り替えている。
そのプロセスがもう少し進んでから、
19年私を保護してくれた家を離れる
ことにしようかな、と思っています。
…仕事とか恋愛とかになると
「次が決まらくてもとりあえず辞(止)めて
先に進んだほうがいいよ」
っていうアドバイスがあったりするけど、
今の家を出て行かなきゃいけない時、
「次の家が見つかる前に今の家を出ちゃえばいいよ。一旦ホームレスになればいいじゃん」
なんてアドバイスはあり得ないもんね(笑)
自分に優しく。
これもこれまで上手く出来なかったこと。
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所有する物件を増やしたり
家具探しをしたりしながら
(この栃の一枚板に心底惚れた!美しい…。でも小さいんだよなあ)
自分で築く家庭の温かさに感謝したり
うるささ・慌ただしさにぐったりしたりしながら、
自分という家を構成する家族と新たに出会い、
自分の内側にある家庭を育んでいる。
どんだけ家・家族好きなのー!!

















