歌舞伎とカラオケを聞き間違えられる程今日は調子がいい。それだけで笑う理由になったからそれでいいや。

何をしても無償で全てが許されて、まるでパケホみたいな一日だった。



結構久々に結構なタバコをもらって結構吸わなきゃいけなくなって結構吸ったら結構まずくて結構色んな意味で結構嬉しくて結構踏ん切りがついた。

これによって煙草という代物はこれからの僕の人生ではあまり意味をなさない小道具として構成されるということが確定した。

三年弱一度もやらかしたことなかったのに今日初めて弁当に添付されてあるタレ外さずにチンして破裂させた。さすがに目を疑った。


年末に控えた転科試験を受ける意味がわからなくなってきた。
それに伴い意志の起伏が激しい自分の悪いところが出たと思った。

日を重ねるにつれて現実味を帯びていくそれがなぜか嘘みたいで受け入れられない気持ちになったし、イレギュラーな道を選択することに対してその先にいるはずの自分が想像出来なかった。


いち早く自分の方向性を見出だしなおかつ揺るぎない何かを確立しなきゃやばそうな未来しかない気がする。

きっと大人になるってことはこういうことなのかもしれない。

そしてなんだかんだついにこの俺も不本意な二十歳を迎えたのだった。
下北沢のハンバーガーショップじみたところで一息ついてます。
キックボードで散策するのにうってつけのような街だっただけに先日買ったそれを置いてきたことを悔やみました。
使いどころが的確でない買い主に買われた乗り物もなんか可哀想になりますね。

今までの服の系統とは違う新たに踏み入れる街は自分の上陸を拒むような感じがして、アウェイな感じがしてならない。
したがって現時点で下北沢的に最もダサいのはおそらく染まりきれていないこの僕なのかもしれないということは行き交う人の視線を見たらすぐわかりました。
昨日の夜は明け方の四時までバイトだった。
つまらない時給でつまらないレジを使ってつまらない客を大量に処理する夕勤と、昨日のようにつまらない大人とつまらない時間帯につまらない業務を多量にこなす夜勤とではどちらがつまらないのだろうかとふと天秤にかけてみようと思った。


最近は追っても追っても何の効果も実感できない英文を追っては挫折してる日々で、母国の活字を追ってないと感じたので久々に大好きな中村文則さんの小説を、
追った。

『世界の果て』と『悪意の手記』をAmazonで購入してこれで全シリーズ揃いました。

小説を読んでこんなニヤニヤしたのは初めての事でした。

彼の描く文体は暗くて憂鬱だけれども何故か読んだあとには救われた気分にさせてくれるという不思議な力があって、なおかつ文学的なユーモアも織り交ぜられていて真面目な文章なのに彼のその文体に思わず吹き出してしまいました。

基本的に家の中でなにかをしていて一人で居ても爆笑できる僕は、人に迷惑をかけないタイプの変態なのかもしれない。



先月クレジットカードというものを作った。
噂によると財布に現金が無くてもそのカード一つで買い物が出来るらしい。
更なる噂によると口座に残高が無くても買い物が出来るらしい。

目に見えない貨幣によって裏で取り引きされるのに抵抗を抱いたのはカードが自宅に届いてからで、アナログな自分には縁のない代物だったのかなと思う。

利便性より安全性を重視する今までそうやって生きてきたやり方を変える必要はなかったのかな。

ローソンの面子で花火をやりましょうということを以前から後輩から仄めかされてはいたが、この職場は基本的に高校生の巣と化しているし自分が出る幕はないだろうとか思ってたけど、後輩の山田くんが『じゃあ沖田くん計画立ててくださいね★』と唐突に言ってきてこいつなに言ってんだろとか思ったけど、やるしかないのかねこれ。

そもそも職場の人間の連絡先を知らないし、割りとそれに関しては避けてきたから今回は連絡網に苦戦しそうだ。
今までの経験上どこの職場もそうだったように下手に連絡先を知り合えば代理の件以外のやり取りなんてした試しがないし、自分から頼むことなんて滅多にないし、自分が損するだけだし といった具合で、プライベートでは割りと利他主義を意識してる自分だけどビジネス的には利己主義ようです。

去年は確か何故か多摩川のほとりで三人で花火をやりました。
風の強い日でした。
結局フル単という誓いは果たせそうにありません。

最悪3科目犠牲にできるものとして、そのうち2つは電算科目にやられました。
画面に直接ダブルクリックをし始めた母親の子どもだけあって諦めがつく。
他人のせいなんかにはできる問題ではないけど、そうさせてもらう。


なんかたまにはパーっとしたいなパーっと。