訃報

テーマ:
ご無沙汰続きで
度々失礼を致しておりますm(_ _)m💦


皆さんのブログの拝読が遅れている中
大変恐縮ではございますが
本日はご報告とお願いがございます。


既に多くの
ご心配のお声を賜っておりますが
差し当たって私がお話出来る事を
此方でご報告申し上げます。


先頃
鵜来島グンカンでの事故で
我々土佐黒潮狩人は
かけがえのない仲間を失いました。


皆にも私にも
日頃より
とても良くしてくれていたあっくんは
誰からも愛される人気者で
誰よりも鵜来島を愛し
隅々まで鵜来島を知り尽くした
エキスパートでした。


今更ながら
あっくんがどれだけ特別な存在で有ったか
痛感する毎日です。


こんな形で
この御縁が途切れてしまうなんて
思いもしませんでした。


毎日呼吸をする度に
胸が張り裂けそうで苦しくて堪らず
いつにもまして
上手く文章を纏める事が出来ませんが
お時間が有る時に読んで戴ければと
思います。


事故当日は
渡船店さんからのご連絡を受けて
メンバーの友さんが
あっくんのご家族を乗せて
あっくんの愛車とご遺体を引き取りに
宿毛まで走ってくれました。


あっくんが
プライベートで釣行していた先週木曜日は
ウネリがかなり高かったそうで
潮が引くまで他の磯で待機し
更に引きに入ってからも暫く待って
お弁当船でグンカンに向かったとの事でした。


言わずと知れた
鵜来島を代表するグンカンは
大型尾長狙いの超一級磯で
シーズンオフでなければ
優先権の有る泊まりや大会でも
なかなか上がる事が出来ない人気磯です。


凪ぎならば
過去には
結婚式を挙げたカップルがいたほど
足場が平らで快適なグンカンですが
高場と言ってもそう高さは有りません。


そして
3人が釣りをするには窮屈な高場を
きっと安全を考慮して同行の2人に譲り
あっくんが1人
低場に移ろうとして波に飲まれ
更なる高波で高場と低場の間の割れ目に
体が押し込まれてしまったそうです。


最初のうちは
2人が差し出したタモにしがみつこうと
反応が有ったものの
救助しようにも磯にベストが引っ掛かり
大変胸が痛みますが
本人も相当苦しんでの
溺死であったとの事でした。


この海域での落水はよく有る事ですし
実際海に落ちた訳でもなく
きっと本人も
ずぶ濡れになっただけで
釣りは続行出来ると思ったはずですが、


結果
そんな予期せぬ事態で尊い命が
皮肉にも
本来命を守るためのベストによって
奪われてしまいました。


股紐はベストの浮力を得るにも
落水者を船に引き揚げる時にも必要な部品で
人の力で引き千切れる強度では
問題が有るのは当然ですが
その強度が仇となった訳です。


前代未聞の事故で
よく起きる事ではないにしても
実際に起こった訳ですから
可能性は低くとも
蓋然性は有るという事です。


落水時
潮に流される事よりも
磯際の方が格段に危険なのは
言わずもがなですが
今回の様な事故は
我々も全く想定していませんでした。


強い波を繰り返し受け続け、磯との接触で
あっくんは多くの傷を負っていましたが
その傷が致命傷でなかった事から
股紐さえ引っ掛からなければ、と
どうしても考えてしまいます。


そんなウネリの日に
船を出す事をどうかと
考える方がいらっしゃるかと思いますが、


太平洋に浮かぶ離島の特性上
この季節は特に気圧配置や
その力関係が非常に変わり易く
急に南のウネリが付く事が多々有ります。


それを我々もよく分かった上で
天気図に注意し
時には大会の開催を見送る必要が有ります。


実際に先月の定例大会が鵜来島でしたが
予め悪天候が予測出来たために延期し
結果中止となっていました。


勿論
船頭さんはあらゆる危険性に配慮し
安全な磯、タイミングを選びますが
こうして予期せぬ事態が
発生してしまいました。


今年3月の
同じく鵜来島での他船の事故を受けて
クラブで話し合いを持ちました。
(私も当日事故直後より、状況と
 身元照会の連絡を受けておりましたので)


提案したのは
言ってみれば当たり前の事ですが。


近隣の磯で落水事故が起きた場合
他船の磯割りで有ろうと
ポーターの有無に関わらず
自ら名乗り出て速やかに救助に協力する事。


ベストは股紐まで正しく着用する事。


耐用年数を経過したベストは
速やかに買い換える事。


安全を最優先に
最大限の配慮をし
自分の体力、運動能力を過信しない事。


そんな当たり前を
今こそ徹底しようと決めたのでした。


そして
クラブ内で6人がベストを新調しました。


しかしそのベストが
こんなにも尊い命を奪う事になろうなどと
誰が予測出来たでしょうか。


目を閉じると
あっくんの笑顔が浮かび
今にも笑い声が聞こえて来そうで、


そして
目を開けると
涙が勝手に溢れ出します。


きっと大親友だった友さんも
そんな日々を今過ごしている事でしょう。


むせび泣きながらも
立派に喪主の挨拶をした昌彦(よしひこ)くん。


私も
会長が入院中のため
副会長として、友人として
立派にお悔やみを申し上げるつもりが


いざ正面に立ってみると
初めて会う昌彦くんのお顔が
あまりにもあっくんに似ていて


私の方が泣きじゃくってしまい
頗る格好が悪かったのでした。


何かに集中していないと
気が狂いそうですが
なかなか何にも集中出来ず。


こんな時殺生をする趣味は
何の役にも立たないですし


その趣味が大事な仲間の命を奪うなんて
そう簡単に受け入れられるものでもなく。


あっくんがどれだけ人間性に優れた
素晴らしい釣り仲間でも
生きて笑っていてくれなきゃ
意味がないんです。


弟子は
あまり考えると恒石さんが成仏出来ない
と頻りに言いますが
弟子と私ではあっくんとの歴史が違います。


それに
交通事故や病気でも
突然のお別れとなる事が多々有りますが、


我々磯師にとって
仲間を磯で失う事が
何よりショックなお別れで有る事を
今回身を持って知ったのです。


いつも快く釣りに送り出してくれた
ご遺族を思えば尚。


正直なところ
足の骨を2、3本折ってでも
生きていて欲しかった。


お酒の席で
「いやぁあの時は死ぬかと思ったで、マジで」
といつもの様に豪快に笑って欲しかった。


どうして助けてあげられなかったのかと
考えずには居られず。


でも
一緒だったお2人は
お仕事関係のご友人だと聞きました。


その方々のご心労も忘れてはいけません。


壮絶な現場で
時間ばかりが経過する中
どれほどお辛かった事でしょうか。


そして
友の命を救えなかった苦しみを
これから生涯背負って行くご負担も。


お仕事関係とあらば
あっくんをよく知る同業の方々に
毎日顔を合わせる事でしょうから
お仕事に打ち込もうにも
その苦しみが紛れる事はないでしょう。


私も
現場に居合わせた訳では有りませんし
どんな事故にも
当事者にしか分からぬ事情が
必ず有る事と思います。


当事者でないからこそ
我々は「どうして…」と考えてしまう事も
忘れてはいけません。


あっくんは元気印で体力自慢で
誰より足腰も達者でした。


例年なら磯をお休みして
鮎に夢中になっている季節です。


奇しくも
あっくんが毎年楽しみに前夜入りする
物部川上流部の解禁日が、葬儀となりました。


まだまだ数十年
磯にも河川にも通える若さでもあり
誰もが耳を疑いました。


当日何が起きたのかを伝え聞いても
それでも全く信じられなかったくらいです。


どう考えても
あっくんが波を読み誤ったり
あの高場から低場に
跳び移れない訳などなく。


波が強かったとは言え
何か見えない力が働いたか
ウネリが突然高く駆け上がった
そんな最悪のタイミングで
あっくんの身に何かいけない事が起きたか。


彼の身に脳や心臓などの突発性の
何かが起きていたのだとしたら
きっと打ち付ける重量感の有る
強いウネリのサラシの中で


何度も何度も海水を飲んで
悶え苦しみながら
それを訴えたくとも
自由が利かなかったのやも知れません。


もしそんな状況であれば
たとえ誰で有っても
助からなかったのかも知れません。


しかし
当事者でない以上
過失や責任の所在を探って
軽率に騒ぎ立てるのは賢明では有りません。


日頃より徹底して
安全を心掛けて下さっている船頭さんも
この思わぬ事故で
大変
お気の毒な立場となってしまった訳ですから。


船頭さんとご家族が
先々代から長きに渡って
常連でしたあっくんの事故に
今どれだけ苦しんでおられるか、


そのご傷心は
察するに余りあるものがございます。


しかも当日は
まだ若い船頭さんが
新な門出を迎えるに当たって
船頭として舵を取る最後の日で、


彼を大変可愛がっていたのも有って
義理堅いあっくんは
その日に合わせて同行者を募り
彼に最後のご挨拶をしたかったのでしょう。


その日に出向いたのも
安全な高場を譲ったのも
あっくんの優しさだったのですから
何とも因果なお話です。


鵜来島への釣行回数が群を抜いていた
あっくんでしたから
気さくな人柄で知識も豊富な彼を
船頭さんもとても慕っていて、


グンカンに磯着けする前に
船頭さんのリクエストで
ブリッジにて2人並んで記念撮影をした
その僅か9分後の事故だったそうです。


病院で泣きじゃくりながら
ご家族に謝り続ける若者の姿に
同じく常連客である友さんも
大変胸を痛めておりました。


その宿毛の病院から
高知市の医療センターへ
ドクターヘリで搬送する手筈が整いながら
無念にも事切れてしまったとの事でした。


誰が何と言おうと
我々は
今回あっくんの救助と搬送に
ご尽力下さった皆さんへのご恩を
決して忘れません。


そんな訳でございまして 
先述しました通り
鵜来島だから
この渡船だから
起きた事故ではない事を汲んで
お察し戴けますと幸いです。


いつ誰に何が起きるか分からないのは
何も磯に限っての事では有りませんしね。


あっくんは
平日に単独釣行する事もよく有り
先頃も釣り雑誌に
堂々たる尾長グレを手にした勇姿が
掲載されたばかりでした。


あっくんとの約束も有りましたし
直接会って話したい用件が有った矢先の事で
それがもう何も叶わないと思うと
残念でなりません。


私は
出会った14年前からずっと
初めて参加した大会で
沖の島ビゼンでご一緒してからずっと
あっくんが大好きでしたから。


語れば切りが有りませんが
逸早くスマホに替えたあっくんが
ある日お酒の席で何やら勿体ぶって
私に見せてくれた待受画像は
鵜来島(姫島北)の三角に1人で渡礁し
ヒラマサと格闘する私の姿でした。


いたずら好きでしたが
そんな可愛いところが有る
あっくんでした。


その後ヒラマサが有るから良いやろ
なんてあっくんと皆にグレとイセギを
根こそぎ強奪されたのでした。
(私は1人残って二日釣りだったので)


私がSVXからLEGACYに乗り換えた事に
1番最初に気付いたのもあっくんでした。


あっくんも最近新車を買って
今までになく
奥さんとのドライブを楽しんでいたとの事。


よく出来た息子の昌彦くんが
仕事を継いで遂に一人前となり
これから夫婦2人水入らずで
今まで苦労を掛けた奥さんに孝行をしようと
考えていたのではないでしょうか。


日テレのスペシャル企画で
(鉄腕DASH!からエントリー)
食のグランプリを受賞した
あっくんの姿を収めたDVDは
いつまでも大切にしたいと思います。


この放送の
満面の笑顔の写真が遺影でした。


あっくんとの思い出話は尽きませんが
どうぞ『また鵜来で事故…』なんて
言わないであげて下さい
誰よりあっくんが悲しみます。


鵜来島も船頭さんも誰も悪くない
彼はきっとそう言って
船頭さんとご友人2人に
「俺のせいで申し訳ない」と
彼も生きてみんなの力になれない事を
今とても悲しんでいる事でしょうから。


こうして今回
何かの間違いで有って欲しいという
皆の願いは無情にも打ち砕かれ
ご遺族、ご友人、船頭さんは元より
我々土佐黒潮狩人のメンバー一同は
在りし日のあっくんの姿を偲んで
今正に深い失意と悲しみの中に在ります。


磯での事故とあって
釣り人ネットワークの中で
大きな関心事となるのはよく分かりますが


どうか
温かく静かに見守って下さればと思います。


私はあまりにショック過ぎて
まだ受け入れられずにいます。


お別れも済ませて来たのですが
それでも
まだあっくんが生きている様に思えて
仕方がないのです。


大きな葬祭会館のホールにも
参列者が入りきらず
我々もロビーの特設席にて
モニター越しに祭壇と進行を見守りました。


お仕事の上でも
プライベートでも
大変多くの人々に慕われ
そして深く惜しまれたお別れでした。



長くなりましたが
最後に私事を少し。


あちこちでお約束をしながら
なかなかアップに至りませんが


先月のいろいろやM-1カップ

上半期の釣りのダイジェスト

今季の大型尾長狙いの経過


など
落ち着いたらアップしたいと思いますが
M-1カップ前に告知された
進行性の腫瘍についての治療方針が
未だ定まらず
何もかもがイマイチです。(釣りも💧)


正直釣りどころではない心境で
参加したM-1カップでしたが
皆さんのお陰でとても楽しい1日となりました。


いろいろと整理し優先すべき事に
集中しなければならない事も有り
依然としてのらりくらりと
不定期更新になりますが、
今後ともどうぞ宜しくお願いしますm(_ _)m


尚、誠に勝手ではございますが
このページへのコメントに限り
ご遠慮させて戴きたく
何卒ご容赦下さいます様お願い申し上げます。


何一つ良い事は書いておりませんが
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