午前、衛生兵。準備。用意。お化粧。マッハ文朱。出立。着床。出産。日産。トヨタ。ダイハツ。業務開始。

午後、業務継続。業務とは、すなわち利便路であり木曽路なり。イベンターH氏は隣家の垣根の前にて、わがいかに罪深き人間(じんかん)なるかを繰り返して語り給ひぬ。わが罪深きことはもとより、これがために前には及ばずなりぬ。なんかしとんね拿捕。殺す。キルミー。ミルキーは鰺の味。

夕刻、アクゑリヲンのあきらめ。のち、移動。道化師は我に清らかなるすべらかなるこころを授けたりき。途次、竹生島先生来。その後方におのが青春の輝きを見たり。刹那、完全完璧パーフェクトなるめくらになりぬ。驚愕。興奮。はらり、落涙。

夜、業務終了。煌々と光りし初老のサーファーと興じていた男性(なんしょう)および女性(にょしょう)と合流。近隣に建立されし隠れ家的な牧歌的な飯屋(はんや)然とした食事処へと参らむ。乾杯。献杯。はらり、落涙。

かの御仁と出逢うことをどれほど心待ちにしていたことか。まさしく二十数年来の愛の成就。青春のフィードバック。御大16-17歳。わい18-19歳。

そのうれしきは、御大がいまの拙僧だけでなく、過去の拙僧のことまではっきりとしっかりと覚えておられたことであり、俺、それを聞いた瞬間つんぼになって。白痴になって。露助になって。

さらにさらに、これはその場ではじめて聞いたことなれど、拙僧の専門学校の同級生であるO氏が現在も、御大の所属事務所にてマネジャー的な職務につかれているとのこと。

くわあああ。なんたるちあサンタルチア。ONAIさん覚えてますか内池です23年前に代々木の東京スクールオブビジネス/マスコミ・広報科/編集・広告専攻に数ヶ月間だけ在籍していた代々木の平和という0.2の雀荘でメンバーをやっておった内池ですワオワオワオ。

それにしても、なんたら数奇な巡り合わせでありましょうや。かの平和という雀荘からそれほど離れておらぬ新宿南口にて二十数年ぶりの再会を果たせるとは。

わたくしは銀座の映画館で「ウォータームーン」(1989年/日本)を観たときの衝撃/痛撃をいまでも忘れておりませぬ。

今度、マジでガチで麻雀やりませう。うくくくくく。

最後に、このような場を乞食のような日本書紀のようなわいに与えてくれた竹生島大先生に拝謝。責了


$狂人雑記 ~俺、神に祈って~
萩原聖人御大と沖ヒカル、祝杯之図。イエイ。