(♯19からの続き続き続き)


 兎に角と書いてとにかく、己はそのフロアの片隅で『スペシャル南花畑30』というマシンの特集ページの校正を読んでいたわけで、ぜんたいなんで己がそんな場所でそんな時間にそんなことをしていたのかと云いますれば、べべーん、千春と別れてから数年後、二十五歳になった己はある雑誌の編集部にアルバイト要員として潜り込むことに成功していたからである。
 公称発行部数五十万部を誇るパチスロ雑誌であるところの白虎書房の「月刊パチスロ必勝ニュース」編集部。最初のほうでちらりと書いたとおり、己は高校卒業後、広告・出版系の専門学校に入学した人間であるからして、まあ中退してしまったとはいうものの、それはつまり昔から広告・出版系の仕事に興味があったということに他ならず、つまり要するに結局結句、夢が叶ったのであります。悲願であり宿願であり大願であった雑誌編集部という職場に、まあアルバイト要員という浮き草のような危うい立場ではありますが、とにかくともかく潜り込めたわけであります。ラッキーであります。俺、ラッキーボーイであります。トルツメ。
 その頃の己の主な仕事は、まあ簡単に云えば雑用全般。

 具体的には、みんなより早く出社して編集部の掃除をする、ライターさんの家まで文章原稿の入ったフロッピーディスクを受け取りにいく、デザイナーさんのところにページの原稿を持っていく、先輩編集者がページを作る際の手伝いをする、掃いて捨てるほどあるパチスロ台の資料や写真なんかを美々しく整理する、関係者に送る贈呈本の発送作業を滞りなく行う、読者ハガキの集計/整理等を可及的かつ速やかに行う、ただしい文章のなんたるかを知らないまま校正の真似事なんぞをしてみる、などなど。エトセトラ。ケセラセラ。

 とにかく忙しくて多忙でビジーな毎日。充実して充足して満々とした毎日。

 わかりますか。校正紙に赤ペンで「トルツメ」と書いた瞬間にからだのなかを駆け巡る快感のような悦びのような、ふわりふわりと中空を漂っているような夢のような感触が。

 わかりますか。下側から煌々と照らされたライトテーブルの上にポジを広げてそれをルーペで見るという行為、その裏側に隠された雑誌編集者ならではの楽しさが。

 わっかるかなあ。わっかんねぇだろうなあ。って、それにしても、ああ、楽しいうれしい喜ばしい。ああ、あこがれの出版業界。ああ、あこがれのハワイ航路。

 母さん、僕はいま雑誌の編集部で働いているわけで。毎日が新しい発見の連続なわけで。もはや目に見えるものすべてが希望に満ちあふれているわけで。母さん、僕はこれからこの会社でがんばります。母さん、僕がんばるから。絶対負けないから。天国にいる母さん、どうか僕を見守ってください。って、うちの母親、まだ死んでないけどね。まだ現役バリバリで働いてるけどね。トルママ。


(♯21へ続く続く続く)