モスクワ音楽院のウラディミール・トロップ教授のラフマニノフの裏話。
ラフマニノフ(1873-1943)は、モスクワ音楽院時代
彼が作曲をしていることは、友人さえも知らなかった話や
さまざまな珍しい曲を弾いてくれた。
会場には、ベロフ先生やさまざまな国の先生と通訳がいた。
トロップ先生は、Op10-5 ユモレスクなどの改訂前と改訂後を
弾きくらべたり
ラスマニノフが好きだった、ロシアの民謡歌手プリベルカヤとの
共演を録音したものや
1919年エジソンとの契約で録音された
リストのハンガリー狂詩曲のカデンツァの録音を聴いたりと
知らないラフマニノフだらけだった。
「では、ここからはみなさんの良く知っているラスマニノフです。」
と前奏曲を3曲弾いてくれ鳴り止まない拍手のなか
「ラフマニノフ自身もアンコールは、必ずこの曲でした。」
とOp3-2をエネルギッシュに弾いた。
67歳のトロップ教授のどこに、このエネルギーが溜まって
いたのかが不思議というか、もし先生がこのまま倒れたらなどど
いらぬ心配をしてしまうほどの迫力だった。
会場では自筆をコピーした譜も、何枚か配られた。
講座などでは、配られた楽譜を
出口で厳しく回収ってのが常なので
どうやって、この楽譜を持ち帰ろうか?
と悩んだあげく、Op3-2の連弾楽譜だけを返却し
あとの楽譜は、本の間に入れて隠すことにしたのに
出口では何の回収もなかった。
ラフマニノフ(1873-1943)は、モスクワ音楽院時代
彼が作曲をしていることは、友人さえも知らなかった話や
さまざまな珍しい曲を弾いてくれた。
会場には、ベロフ先生やさまざまな国の先生と通訳がいた。
トロップ先生は、Op10-5 ユモレスクなどの改訂前と改訂後を
弾きくらべたり
ラスマニノフが好きだった、ロシアの民謡歌手プリベルカヤとの
共演を録音したものや
1919年エジソンとの契約で録音された
リストのハンガリー狂詩曲のカデンツァの録音を聴いたりと
知らないラフマニノフだらけだった。
「では、ここからはみなさんの良く知っているラスマニノフです。」
と前奏曲を3曲弾いてくれ鳴り止まない拍手のなか
「ラフマニノフ自身もアンコールは、必ずこの曲でした。」
とOp3-2をエネルギッシュに弾いた。
67歳のトロップ教授のどこに、このエネルギーが溜まって
いたのかが不思議というか、もし先生がこのまま倒れたらなどど
いらぬ心配をしてしまうほどの迫力だった。
会場では自筆をコピーした譜も、何枚か配られた。
講座などでは、配られた楽譜を
出口で厳しく回収ってのが常なので
どうやって、この楽譜を持ち帰ろうか?
と悩んだあげく、Op3-2の連弾楽譜だけを返却し
あとの楽譜は、本の間に入れて隠すことにしたのに
出口では何の回収もなかった。