このブログタイトルが適切でないかもしれない。
54は基本、偏屈人間である。
まぁ人間嫌いと言ってもいいかもしれない。
両親、勤め先の経営者、
周りにロクでもないクズばかりなせいか
54は周りに気を使わないように心がけている。
余りに54を舐めてかかってくるから、
会社では挨拶をしないようにしている。
まぁ俺もたいがいだな。
しかし、そんな風に世界を一色に染めている訳でもない。
54が懇意にしている「車のチューニング、アフターパーツブランドの社長」には
話しかけてほしくて仕方が無い。
そのショップに出入りを始めて10年超になる。
54は人に見透かされたり、能力を見切られたり
される事が大っ嫌いだ!
それは仕事もプライベートも両方だ。
俺の事を理解できる人間などいない。
だからわかった風な口を聞くな!
それはこの世の全ての人間に対してである。
ところが、ところがである。
このチューナーショップの社長には
心を溶かされてしまうのだ。
そうコレはいい表現だ。
「心を溶かされてしまうのだ」
それは54が通算で100万円以上使っている
まぁまぁな客であるからそういう扱いであるかもしれない。
いや、俺以外にも気さくで偉ぶらない態度の社長なのだ。
この社長に会うと文字通り
「陽にあたった気持ちになる」
「(54の心うちにある)怒りが消える」
「休みの日に3万円の交通費と
往復10時間の運転をしてまでイベントに行く
イベントで更に数万円の出費は当然だ」
である。
自称“孤高”である事がアイデンティティであるはずの
54がこの社長には近づきたくて仕方がない。
少々揶揄われても、文字通りATM🏧への足にされても
いっしょの空間にいる事が嬉しい。
これは比喩で言っているのではない。
文字通りそうなのだ。
限りある人生、この社長に出会えた事が素晴らしいと思っている。
俺に光を当ててくれる。そう思っている。
今日もイベントに行ってきたが、
結局明日も行く予約をしてしまった。
俺とて分別のある54歳のはずである。
だがあの社長だけには、54が媚びたくなる。