父「お金貸してほしい」の訳《プロフィール④》大阪万年肩こり | 福岡市南区「どこに行っても治らない」を解決する【難病専門腸脳整体】 岡田剛

福岡市南区「どこに行っても治らない」を解決する【難病専門腸脳整体】 岡田剛

両親を医者に見放されて亡くし、自分には何もできないとの悔しさから、様々な過程を経て、難病専門改善CIN塾に入塾。難病専門の施術家に。「あのとき、私が知りたかった」大切な家族を守るための常識に騙されない健康情報をお伝えします。


その後、挫折感で希望を失っている私に、




認知症の祖父を訪問しているケアマネージャーの方が懇意にしてくださる中で、




「人の役に立ちたいという思いがあれば、福祉の道で生かせるよ」とアドバイスをくれました。





そして、再び机に向かうことができ、



大学に合格。





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青森で社会福祉を学び始めました。





大学に入ってからは、よく父から電話がかかってきました。







「お金を貸して欲しい」




と。


妹の学費や生活費に必要なんだと言われれば断ることはできず、




塾講師のアルバイトで稼いだなけなしの数万円を送っていました。




このときは、それが親孝行だと思っていました。



その頃父は、職場で転勤か退職かを迫られ、体調も良くなかったこともあり、退職。



就職活動の話題は我が家でタブーになり、


父は、自宅でゲームをするかパチンコに行くか。


妹から、「お父さんがおじいちゃんに怒鳴っていて怖い」

と泣きながら電話が来ることもしばしば、家庭はめちゃくちゃでした。



さらにギャンブルぐせで



借金をしていたことが発覚して、話を聞いた時には数百万円。




奨学金からもお金を貸すようになっていた


私は大学三年で休学。



悩んだ末


一人、関東へ働きにでました。

 


周りからはもったいないと否定され、悔しい思いもしましたが、

本当にその選択が良かったと思えたのは少し後のことでした。





明日へ続く。

プロフィール⑤