ここ最近のワイドショー、スポーツ紙をはじめメディアでは
中島知子報道で賑わっている。

ここで疑問が。

一体マスコミは何を伝えたいのでしょう??

・栄光から転落への軌跡を紹介して世の無情を伝えたいのか。
・メディア発信することで本人(中島知子)自身への更生を促したいのか。

などなど。

単に視聴率獲得のための手段にしか見えないのは私だけでしょうか?
また、ワイドショーが単なる週刊誌の動画版のように感じるのは私だけでしょうか?

私は上記のような芸能ネタが嫌いでもなく、むしろ興味があり、一種の会話のツールとして一役を買ってくれています。

何を言ってるの?矛盾してますよね?と思われているかと思います。
その通り。ここまで非常に矛盾したことを書いていると思います。

が、しかし

私が伝えたいのは

「報道する側の責務とは何か!!!」 ということ。

一つの獲物を確保したら最後の部位まで煮るなり、焼くなり、蒸すなりあらゆる調理法で
賑わい立て、全部食べたらきれいさっぱり捨てる。
もしくは、旬の食材を入手次第それを大々的にPRし、旬が過ぎたら目もくれず相手にしない。
(昔と違いどんな食材でも年間通して手に入るにも関わらず)

要するに著名性の高い人やタイムリーな人、ニュース自体を「格好のエサ」としか捉えていないということ、
もっと他に扱うべき事項、人等あるのではありませんか、また同じニュースを扱うにしてももっと
他の切り口で扱う術があるのではないですか、と今問いたい。

私だけかもしれないが、報道の本質を今一度定義し直すことが必然であり、その定義付けをしっかりと
聴衆者に伝え、それに即した報道(番組・紙面作り)を行うことが他社との差別化に繋がり、価値があがり、スポンサー増加にも繋がっていくのでは・・と思う。

少なからず芸能人をマーケティングツールの位置づけに置いた報道番組はすぐに考え直すべきであると。

グローバル、グローバルと叫ばれているが、本質的なマクロ視点を持ち合わせた中での報道責務の原点回帰を行うこと、これは企業のみならず、各個々人(情報を発信するもの全て)に求められる今たることへの認識を持つ事が非常に重要かと感じる。




こんにちは!

初ブログデビューを本日ここに致しますokayanです。

その日、その時の気分で想いを綴っていこうかと。。

まずは挨拶まで。