戦争だ、そんなバカな一声と共にその男は立ち上がった。
 涙を流しながらも立ち上がり、赤く腫れ上がったその瞳はつり上がる。
 つい先程まで笑っていたとは思えない表情をしながら目の前の扉を開け放ち、外に出る。
 その様子を見ていた周りの男達も弔いだと言いながら立ち上がり、男の後を追っていく。
 その姿を見て私を含めた数人の女は溜息を着いた。
 ハッキリ言ってバカだとしか言えない。
 何が戦争か、何が弔いか。
 高々漫画本を教師に没収されただけだというのに、それをする彼らの気持ちが私には分からない。
 彼らが出ていった後の教室に残された私達女子はその光景を見ながら一時間目の授業の支度を忘れていた事に気付き、慌て出す。
 これこそが日常だ。
 漫画本の為だけに弔いだ戦争だと騒ぎだす男子など日常に入れる訳もない。
 そうして始まった日常(授業)は教室の半分が空席だった事をここに記そう。

 授業開始から数十分が経過したところでスピーカーから途切れるような音がして、聞き覚えのある声が流れ出した。
『――我ら男子連合は授業のボイコットと放送室を含めた数カ所の占拠を宣言する!』
 ……バカかと。
 いや、聞くまでもなく馬鹿である。
『私立御嵩ヶ原高校における全男子の内約八割がこの連合に参加している。我ら男子連合の要求は至極簡単、没収品の返却を要求する!』
「……授業を継続します」
 授業の担当教員の発言は解りやすかった。
 なにが悲しくて自分の首を絞める行為に付き合わなければならないのかという事だろう。
 一部の教室が占拠されたところで授業には支障がない上に放送の音量はこちらのスピーカーで調節可能だからだ。
 それ故に、そんな面倒な事は……。
『アホどもがぁ!私の仕事を増やそうとするんじゃない!』
 ……生活指導の教諭にでも任せておけばいいという事だ。

◆◇◆

 占拠してからやく三十分が経過した。
 放送室の前に陣取っている教師達を確認して俺達は計画を実行に移す事にした。
 手元には占拠した用務員室から持ってきたホースとワックス、そしてモップがある。
 まず教員達から見えにくい所に水を蒔き、水たまりを作り出す。
 そして其の奥にモップを使ってワックスを塗りたくった。
 奴らがこっちに走ってきて転んだ直後に隠れていた人員でタコ殴りにするという寸法だ。
 ふっふっふ。
 これで勝つる!
 そう思っていた俺達の背後から声が聞こえた。
「……貴様等、学校の備品をこんな風に扱っていいと思っているのか?」
 ……油断大敵とでも言うべきか、人外とも噂されている教師の存在を忘れていた。
 逃げ道ともいえる残された道は先程自分自身で封じてしまった。
 あれか、死亡フラグとでも言うべき物を俺達はいつの間にか立ててしまっていたらしい。
「まだだ!まだ第二第三の部隊が残っている!」
 
◆◇◆

 授業も終わり休み時間に入ったそんな時、負け以外の選択肢がないようなセリフが聞こえてきた。
 やはり、彼等は馬鹿の集まりだったらしい。
 連合とやらに参加しなかった男子は評価されるべき対象なのかもしれない。
 ……まぁ、目の前の光景を見れば殆どの人間が思うだろう。
 職員室の前で段ボールを覗き込みながら、他人の物も含めて物色している男子の姿がそこにあった。
 あれだ、連合だ団結だと言いつつも他人の物を奪取して走り去る事に全力を費やしている人間にしか見えない。
 そんな事をしていれば教師に見つかるのも当たり前と言うことで。
 一部の生徒の裏切りによる敗北が決まった瞬間でもあった。

 その後、馬鹿な事に参加しなかった男子達の株は鰻登りだったそうな。

此度の主人公は男ではなく女、艶のある長い黒髪に鋭い目つき、男女関係なく注目を集める豊満な胸を持った少女の話である。
時は四月の二十日、高等学校の入学式も終わりを迎え、生徒達の間に友情が芽生える頃である。
此度の主人公、南雲 清は教卓の前に立っている男子生徒を睨んでいた。
彼の名前は江原 陳九郎、ボサッとした黒髪に柔らかい目つき、可愛らしい顔付きには似合わない名前をした彼は入学式が終わってから少しした今日、このクラスに転校してきたのである。
そんな彼を睨みつづけるこの少女、顔に似合わず占い等に手を付けており、つい先日の託宣がその理由を告げていた。
『西方より来たる者、それに纏わる暗き影、それらは汝に災厄をもたらすであろう』
(……関西圏から引っ越してきたということは災厄をもたらすのはあいつということか……)
冗談のような話だが彼女の占いの的中率は自分の事に関しては約十割、外れるようなことは殆どなく、そのようなことが出来る理由は彼女の家が関係しているのだが今はまだ語るべき時ではない。
陳九郎は不審な点が多すぎる。
まず、常に竹刀袋を携帯しているという事である。
竹刀や木刀が入っているだけなのかもしれないが、彼は剣道部に入部するつもりは殆どないという。
次に、陳九郎が昼食時に口にするのは餅のみでその他の食材は一切口にしていない。
他にも学校の中を念入りに調べ回っていたり、不審な点が多すぎるのである。
清は放課後に陳九郎の後を付けて回り、彼の動向を調べていた。
大して怪しい行動をせずに下校する彼は人気がない公園に入り込み、その中心で立ち止まり声を発した。
「……いい加減出てきたらどうかな?」
気付かれたと思い、意を決して出て行こうとした彼女は虚空より響く声を聞いた。
『……流石は我等が王、私の行動など御見通しというわけですな』
(……!?)
戸惑う彼女の目に映ったのは彼の目の前に現れた黒い影、影というよりも陽炎のように揺らめく黒い炎の方が適切だろう。
そして連想される形は一羽の鳥、清の家の中では鬼と呼ばれる類、その低級種であった。
「……だから、僕は君達の王になるつもりはないよ」
『……しかし、我等の王として相応しいのは貴方様しかおられません!!』
喚きたてる鬼を横目に陳九郎は持っていた竹刀袋の紐を解いた。
中から現れたのは一本の日本刀、赤い帯を巻かれた柄に梅の紋が入れられた鍔、生憎清には鍔まで見ることは出来なかったがその後の異常は理解できた。
鞘から日本刀を抜き放ち一閃、鬼を一刀両断した。……刀身の存在しないその刀で鬼を一刀両断にした。
「……え?」
『……王よ……なぜ……』
黒い煙を撒き散らしながら消えていく鬼。
それを見ながら無言で刃のない刀を鞘に納める陳九郎。
異常な出来事に理解が追いつかず放心する清。
それが二人の始まりだった。
古くから、白米やもち米には邪を祓う力があるとされている。
神社等で使われる御神酒も日本酒が基本なのは邪を祓う神聖なモノから作られているため、神に捧げるのに相応しいからである。
ともあれ、イロイロと御託を並べてはいるが僕が常にもち米を持ち歩いているのは総じて『幽霊や妖怪が恐い』というのが理由である。
全く、我ながら情けない理由だと言うのはわかっている。
だが、今回に限っては……今回に限ってはそんな情けない理由で持ち歩いているもち米が心強かった。
西の空に太陽が沈む黄昏の時刻、帰り道を歩いていた僕に一人の女性が声をかけてきた。
「久しぶり、私の事覚えてる?」
声は聞こえる姿も見えて足もある、唯一わからないのが彼女の顔だけだ。
黄昏、誰そ彼とも読むそれは相手の顔を判別できなくすると言われている時刻。
僕には彼女の顔を見ることが出来なかった、だがその声と彼女の着ている服を見て僕は思い出した。
『約一年前に事故死した同じクラスの朝霧 明日美』
ここ最近、彼女に会ったという生徒が増えており、その何人かの生徒が暫くすると意識不明に陥るという話があることを。
そして、その話の元凶である彼女が今、僕の前に現れたということを直感した。
「……まさか、本当に朝霧さん……なの?」
「そうだよー……もしかして噂になったりしてる?」
「……うん、……君に会ったって人が何人かいるからね」
僕がそう言うと彼女は苦笑した。
顔が見えないのにもかかわらず、僕には彼女が苦笑したのが手にとるようにわかった。
「……うーん、失敗したかな……えーと鎌田君?」
「……違うよ、僕の名前は……」
そう言いかけて僕は思い出した。
『幽霊に自分の名前を告げると魂を引きずられる』
そう教えてくれたのは祖父だったか、死人に生者が名前を明かすと言うのは魂の端を握らせる行為だとどこかで聞いた覚えがある。
「……どうしたの?」
首を傾げる用にして聞いてくる彼女は顔が見えないからこそ恐ろしく、僕はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。
「その手は食わないよ」
「……え?」
「今までそうやって名前を言わせてきたんだろうけど……その手は食わない」
「……ちぇっ、知ってたんだ」
「思い出したのはついさっきだよ」
「……なんでこんな事を……とか思ってるでしょ」
「……これ以上何かするつもりなら米を撒くよ?」
「わー!待って待って!!そんな事したら私消えちゃうよ!!」
「ならもう何もしない?」
僕の脅しに屈した彼女は何もしないことを約束してくれた。
……にしても幽霊を脅すなんて僕もどうかしてる、本当は怖くて堪らないくせに逃げ出したりせず話を聞こうっていうんだから。
「……えっと、なんで他の人の意識を失わせたの?」
「正確には魂を引っ張り出したんだけどねー、今日が最後だから……」
「……最後?」
「うん、最後。だからそれまでにいっぱい話をしたかったんだ」
「……そうだったんだ」
……でも、最後って一体なんだろう。
そんなことを思いながら辺りを見渡せば、もう日も暮れきって星が見える頃合いになっていた。
「……そろそろ……かな」
彼女はそう呟くと僕を近くに流れる運河まで連れて来た。
そこで僕が目にしたのは一面の光、運河を流れ行く灯籠の一群だった。
「……そっか、最後っていうのは」
「そ、これのこと」
灯籠流し、盂蘭盆の終わりに霊送りの儀式として川や海に灯籠を流すこの儀式は幽霊にとって良い道標となるのだろう、だから彼女はそれまでに未練を残さないようにしていたのかもしれない。
「それじゃあ、もう行くね」
「……うん」
彼女はそういうと灯籠の上に腰掛ける様にして海の方へと流れて行った。
その光景を見ながら僕は思ったほど怖かったとは思っていなかったことに気がついた。
「……そっか、僕は何も知らなかったから怖かったんだ」
そして、会ったのが彼女だったからそこまで怖くなかったのかもしれない。
そこで僕は涙を流していることに気がついた。
彼女が亡くなったと聞いた時には流れなかった涙が、今何故か溢れていた。
そして僕は結論に辿り着く。
「僕は、彼女が好きだったんだ」
あの明るく話す彼女の顔や友達と笑っていた彼女の顔に僕は一年前から惹かれていた。
その事に気付かなかったんじゃない、きっと自分の弱い心に蓋をして気付かないフリをしていたんだ。
だから涙は流れなかった。
だから彼女の死を悼めなかった。
薄情だと言う者もいるだろう、それでも僕は彼女の事が好きだったんだと思う。
「……朝霧 明日美」
彼女の名前を呟いてみるとゆっくりとその言葉が胸に染み渡り空へと溶けていく様な気がして空を見上げた。
幾つもの星が瞬いているのを見ながら僕はまた一つ、涙を……流した。