毎日、毎分、
天候、気圧、気温、湿度、、
あらゆる気象条件にも
ころころ変調をきたす身体に翻弄されながら

少しずつ少しずつ
断捨離を続けている。

実は、事故に遭った日は
まさに断捨離スタート序盤の
「モノを出す」工程真っ只中だったのだ。

もともと趣味も多く、コレクター気質だ。
一人暮らしの部屋にしてはとにかくモノが多い
書籍、文房具、服、食器、CD、DVD、、、
特に食器、文房具に至っては
使わない(観賞用)分がめちゃくちゃ多い
服も破れたりサイズアウトしない限り保管していて
古いものでは中学、高校時代からのものもある

そんなわけで、事故当日のわたしの部屋
ごろんと横になれるスペースぐらいしかない程に
モノを拡げまくっていた

SMAPの解散、、
職場での冬場の大きな仕事の一段落もあり、
何か大きな切り替えをしたかったのだった。

寝たきりになるとわかっていたら
そのタイミングでは
断捨離に手を付けていなかっただろう

大きな切り替え が
交通事故、後遺症、になるなんて
思ってもみなかったし
もちろん望んでなんかいなかった

出したモノたちは再び、というよりむしろ
どこに何があるかなど考えたり見る余裕などなく
父の手によりとにかく詰め込まれた。

動線こそ確保された、
不自由となった手足に合わせ
家事に関わる部分はできるだけ低くした

ただ、
わたしの部屋ではなくなった感じがしていた。
動線がよくても、
居心地のよい空間ではなかった。

必要なモノも不要なモノも
大切なモノもそうでもないモノも
ひとまとめにしまい込まれている。

短期記憶の維持が難しくなった。
見えなければ、あるのかないのか認識できない

好きなものに囲まれて
こころ満たされて暮らすはずが
全てにフタがされてしまった
本末転倒である

そしていま、再び断捨離をしている
かれこれ3ヶ月ほどになる、
動ける時間が少ないため
作業できるのはおおよそ1日あたり30分ほど
なかなか目に見えては進まない

忘れていた元気な頃の自分に出会える日々は
なかなか悪くない

これも、ある程度の障害受容ができてこそ
抱ける気持ちなのだろう

受容できていない頃は
失った悲しさ虚しさ悔しさ苦しさで
過去の自分と対面などできなかったであろう。

まだまだ続く
モノとの対峙は
自分との対峙でもあるのかもしれない