私は東京で生まれ、生後すぐに静岡の母の実家に預けられて(母が産後の大量出血→大量輸血→C型肝炎のため入院したため)その後は千葉の船橋にあった社宅で小学4年生まで過ごしました。
船橋から広島に引っ越しました。
広島は父の転勤のために来たので、親戚はいなくて父の会社の知り合いがいる程度。
それでも私はすぐに小学校に通い始め、それなりに友達ができたりしました。
まっ、その時に広島弁を話せずいわゆる標準語を話していたので
何を気取っとん?
とか言われて、若干いじめられていたように思いますが、その時は気にしてませんでした笑
今思うと…というか。
息子は私に似てるかも笑
それはさておき。
父は会社に知り合いもいて、新しい職場に慣れるのに大変で、私は小学校にそれなりに知り合いが出来てきて。
でも。
母はひとりぼっちで家で待ってました。
それまで、船橋にいて定期的に父の実家の東京に出ていたし、ちょっと行けばそれなりにいわゆるショッピングセンターみたいなものもある生活をしていました。
私の母は洋裁学校出身で、ファッション雑誌に載ってるお洋服を気に入ったら型紙から起こして自分で作る人でした。
贔屓目かもしれませんがおしゃれな母。
それなのに、友達も親戚もいないちょっと田舎にきてしまった母。
仕事もしてなかったし、横のつながりがなさすぎてたぶん鬱っぽくなったことがあります。
今、私もその気持ちがわかります。
友達はここにはいない
いわゆるママ友なんかもほぼいない
インターだから学区のつながりがない
でも、私は仕事をすることができました。
それは母がいつも言ってくれていました。
手に職をつけなさい
自立した女性になりなさい
結婚しても仕事は続けなさい
手に職さえあれば離婚だってできる←笑
だからなのかな。
臨床検査技師になりました。
憧れていた仕事でもあります。
結婚しても仕事はやめずにがんばりました。
だから、ブランクが長くても46歳でも再就職できたんだと思います。
母は偉大。
だから私も、息子には話していきたいなと思ってます。
手に職をつける
これって意外と大事なのかも。
だからって、その仕事を絶対にしなきゃいけないわけじゃないし。
でも、困った時には役に立つ。
資格をもし取れたとしても、それにこだわる必要はないなとも思います。
今日は息子とハードオフに行く予定。
何かを見つけたいそうな、
いろんなところに、いろんな可能性が落ちているはずの息子。
アンテナ張って見つけてね!!
あーまた食べたいなー
