ここ最近、私の周りは出会う人が多いのです。
狭い世界ではありますが、出会いの時期の様です。
じい、私、知り合い2名この4名に共通している事は誰かと出会う事は考えてはいなかった。
遠い未来にそんな人が現れたらいいなって漠然と思う事があっても、みんな探していなかった。
誰かと出会うというのは探すという形で起こらないのかな
上手く言葉にしようとしてもすっと出てこないな…
少し前、私の信頼しているヒーラーさんが
「パートナー探しは私を取り戻してから」
という記事をアップしてくださっていました。
我慢したり周りの評価が気になっている時にパートナーを探すと、我慢しなきゃならない相手や相手の評価に沿う人間にならなきゃダメな相手に出会いがちです。
そんな内容の事を書かれていました。
今の私はこれが痛いほど分かります。
私の人生の35歳までは母の気に入る事と夫の気に入る事を無意識に選ぶように生きていました。
お母さんの言うような人と結婚したら幸せになれる。
結果、本当の私の気持ちで選んだ人ではなかった。
いつも人の顔色を伺うので顔色を伺う相手に出会い、顔色を伺っている事すら気がつかない…
そんな人は世の中にたくさんおられます。
自分がそうだったから、この人はそうだなってわかるんです。
そういう人に出会ったら、人の顔色を伺わなくていいんだよと心の中で思いながら、私にだけは顔色を伺わなくていいって精一杯の気持ちで接しています。
相手はそれを気がついてくれていないかもしれないけれど、私はこっそりそうしています。
幸か不幸か結局はどんな環境で育ったかと言うのは大きい
だからと言って、それですべてが決まってしまうと自分で決めつけてしまったら、そこまでなんだと思います。
最近、出会いを果たした私の知人は辛いと思われる環境に何度もあいながらもその度に気持ちを切り替えて自分の思いを大切にしていたように思います。
自分の思いを大切にすることが、最愛の人との出会いに繋がるとしたら、それが近道だとしたら、やはり好きに生きるってことだな
だれかの顔色を伺わずに好きな事して笑っていたとしたら、何も考えなくても自動的に素敵な人が自分の前に送り届けられる
はっきり言いますが、素敵な人と言うのは顔面が自分のタイプだとかそういうのではありません。
間違ってじいさんが送り届けられる場合もありますので、じいさんが送り届けられたとしても「じじいだから嫌」とか言ってしまわないでください。
何度も言いますが、ボディースーツです。
好みのお顔の中身が好みの中身だと言う事ではありませんので…
ちなみに、知人は私が20も離れていたので13違いが若く感じたらしいです。
年齢も振り当てられた番号でしかありません。
ご機嫌に年齢を重ねているならそれでいい
パートナー探しは自分を取り戻してから&お顔と年齢は気にしない
これで、めちゃめちゃ範囲が広がります。
知人の幸せそうな様子を思うと私の頬が緩みっぱなし
先ずは、ご自身を大切に
素敵な休日を