今日は、私の離婚2周年記念日です。
2周年の今日は三江線の最後の日のでもあり、その姿を見るため島根県に来ています。
ですから、これは時間指定での投稿です。
そして、何度も書き直しながら書き上げました。

これは、離婚2年目の私の思いです。

私の場合は離婚前に4年間の別居生活があったので普段の生活はあまり変わりありませんでした。
その期間がなかったのなら、もっと大変だったかなと思います。

それよりも、夫が離婚前に籍が入っているにも関わらず、無断で借家の名義を変更してしまったことの方が離婚するよりもずっと大変でした。

これが、収入ほぼ0親戚みんな高齢のために保証人になってもらえない女性の弱いところなのです。社会的信用がないのです。
この時の思いが、こんな思いするくらいなら家が欲しいにつながっているのです。

離婚よりも賃貸契約が大変って…笑いますが現実です。

離婚して1年目はがむしゃらに働きました。
働かないと子供たちを育てられないと思い詰めました。
子供たちに対する罪悪感にさいなまれました。
私が父親の分も頑張らなくてはと思いました。

ですが、子供たちはきっとそんなこと望んでなんていなかったと思います。
息子は私に再三仕事を辞めてくれと言いました。
ですが、その言葉を聞かなかったのは私です。
頑張る自分でなくてはいけないと、自分自身を追い詰めていたからです。

人生にはそんな無理を止める働きがあるのだと思います。

神様は辞めるきっかけをくださいました。

辞めてから、心にゆとりのような物ができて来ました。
子供たちと過ごす時間も私にはうれしかったのです。
離婚で寂しい思いをさせた上に、私が仕事で構ってやれない事を申し訳なく思っていましたので…
そして、仕事を辞めて半年後にいつもお世話になっている方に、離婚の傷も癒して頂きました。

あれから、また半年が過ぎました。
2年半ぶりに実家にも帰りました。
友人たちにも会いました。
弱り切っていた私はそこにはなく4年前の私と変わりない私だったそうです。

これが、全てだと思います。
私は離婚してしんどくて辛い事がたくさんありましたが、4年前の私と変わらない状態にまでに回復した
選んだことが正解だったから回復していたのだと思っています。

今の私は心から離婚したことを良かったと思っています。

離婚をお薦めはしませんが、共に人生を過ごしたい人かどうか考えた時に共に過ごしたい相手ではない場合もある。

私の中で一番してはいけない事が離婚でした。
両親が離婚しているので、離婚だけはしてはいけない…
子供たちに私と同じ思いをさせたくなかったのです。
ですが、そんな私が離婚して良かったと言っています。
自分自身を一番苦しめたのは他のだれでもなく、離婚してはいけないと自分自身を縛っていた私でした。

でも、もっと早く離婚してたら娘は生まれていないからな~
人はその時その時、いいタイミングを無意識で選んでいると言う事です

そして、2年経った今一番言いたいのは、心から好きな人と結婚しましょうというシンプルな言葉です。
私も夫もお互い一番好きな人とは結婚していなかった

長いひとりごとを最後まで読んでくださってありがとうございます。