父が亡くなり、1週間以上が過ぎました。

ある方が送ってくださったメッセージ
「生きていると色んなことがありますが、お嬢様の存在は大変なことも、もちろん多いかと思いますが、力にも助けにもなりますね」
同じ経験をされている方からの言葉が心に響きました。

育児に追われることがありがたく、娘の存在に救われています。

5歳の娘はおじいちゃんをしっかりと見送りました。
納棺の儀では一緒に泣きました。
前の晩、娘は絵を描き、それを棺に入れました。

闘病を経て、療養中だった父は、実家へ行けばベッド上で必ず娘と握手をしてくれました。
時計の音楽に合わせて踊る娘の姿に、父は笑顔を見せてくれました。あのわずかな、ささやかな幸せな時間が鮮明に思い出されます。

私の妹が選曲した
竹内まりやさんの「いのちの歌」で、家族親族で父を送り出しました。きっと聴いてくれたはずです。
妹は一緒に住んでいたぶん、妹なりの想いがあるのでしょう。

日野原重明先生の本『生きかた上手』に、
「家族とは「ある」ものではなく、「育む」ものです。」とありました。
思い返せば、闘病中は本当に様々な経験をし、つらいことも多かったです。母を中心に家族でがんばってきました。やりたくてもしてあげられなかったこともあります。でも、家族みんなでオリジナルの家族を育んできたのだと思いました。

病院で療養中だった父の容態が悪化してから約2週間、父は頑張りました。きっと父は家族に会う時間を作ってくれたのです。母と妹は最後まで父に話しかけ、コロナ禍で非常に限られた時間でしたが、
家族の時間を過ごすこともできました。

日野原先生は、「悲しみの体験が、人をやさしくする」「機会があるなら幼い子どもを病人の見舞いや、通夜や葬儀に連れていきなさい、それが感性を育てる学習になりうるからです」と仰います。

娘の「おじいちゃんともう1回握手したいな」
この言葉を聞いたとき、娘の中にしっかりと父が記憶されていると感じました。

父がもう長くないとわかってからの日々、
鈴木真奈美さんの本『今を生きるメッセージ』に支えられています。
「「決まった寿命」を全うし、あらかじめ、決めたタイミングで天に還ります」
父の寿命がきたのですね。

過去の様々な経験から、ささやかな日常がかけがいのないものだとわかっていたからこそ、その時々、できる限りのことをやってきたので、後悔はありません。
ただ、あえて言うなら、
もう一度、会いたいし触れたいです。

先日のこと
娘「おじいちゃん、ほねほねロックになっちゃったね」
私「えっガーンどこでその言い方覚えてきたの??」
娘「英語」

お父さん、娘はお父さんと同じ、英語も本も好きですよ虹