うちの家族は、私を除いて全員とっても真面目な人たちである。
その中でも母は、私とほぼ対照的と言ってもよく
よくもまあその歳まで、そんなに真っすぐ生きてこれたなあ、と
娘の私が思ってしまうほど実直である。
母は結婚するまでは、大きな壁を乗り越えたことがなかったらしく
(俗に言うイジメとか)
おそらくお騒がせな私によりいろいろな経験をするはめになったのだと思われる。
私と母は同じ持病を持っていたり、
20代になってからは対照であるがゆえの大喧嘩もいっぱいしましたが
あれだけ修復不可能なくらい言い合いをしたって、
時が経てばなんでもなかったように話せるのが家族なのだなあと思ったりする。
私は友達に驚かれるくらい昔っから母には本当にほぼなんでも喋ってしまうのですが
結婚してからは、お互いに用がなくても思い立った時によく電話をします。
母は強がりでもなんでもなく、素で一人でも大丈夫な人なので
友達などにも自分から電話はよっぽどの用がない限りかけない人ですが、
(誘うという行為が苦手なんだそうだ)
私にはときどき用もなくかけてきたりするのでやっぱり親子なんだな~と思います。
私のしっかり度ピークはマジで小学生だったと思うのですが
(たぶん今より数倍しっかりしていた)
どこでどう間違ってこんな適当な大人になってしまったのか。それはさておき。
そんな母のすごいと思う部分は、まあよくぞそこまでっていう真っすぐさもそうなのですが
本気で人を妬むとか羨むという気持ちを持っていないことです。
だから、全然人に勝とうとかそういう思考がない。
そういう部分で、すごく心が平和だなあと私は思う訳です。
これって、もともと持っている人はどんなにそうしないようにと思ってもできない部分なので(私がそうだから)
これはもう天性のものだと思います。
結婚してしばらくは、あまり電話もしない方がいいのかなあと思ったりしたけれど、
いつどうなるかわからないんだし 親とくらい、喋りたい時に喋っておくようにして
もしものときにやっぱりあれもこれも言っておけばよかったと思わないように(実際なったら思うかもしれないけど)
ここ1~2年は思い立った時は電話するようにしています。
すくなくとも今まで31年間、特に20代は母と全力でぶつかってきたし、
たくさん泣いたしひどいこともたくさん言い合ったりしましたが
あのときこうしておけばよかったという悔いはないくらい娘としてぶつからせてもらったし
母は投げ出さずに受け止めてくれたのでありがたかったなと思っています。
いまは、お互いに主婦と言う関係性になったこともあって、
一緒に住んでいた時よりもっといろいろな話ができるようになって、仲も深まったように思う。
一度小倉に両親が遊びに来てくれた時、別れるときに新幹線の改札で母が何度も何度も振り返りながら手を振って帰って行くのを見て、
私は帰りに涙が止まらなかったなあ。自分でも意外だったけど。
30代になって、自分が小学生のときのおじいちゃん、おばあちゃんと同じくらいの歳に親がなったんだなあと思うとしみじみします。
いつか来る、最後に悔いが残らないように接していきたいといつも心掛けています。