岡本正、病上手の死下手、あとがき | オカポンのブログ

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岡本 誠 OKAMOTO Makoto

あとがき

私の生涯の仕事はやはり、私自身の「患者学」を自分のものにすることであったのだと思う。「保健同人」という私の生活のすべてを托した職場の仲間が目標としたものもやはり、同じ患者学の完成であった。
病む人にすこしでも良い医療の恩恵が受けられるように、患者の立場にたった家庭医書を編集したり、日本の医療制度に向けて積極的に発言をしてきたのも、それは私にとっては、もっとも人間的な生活の知恵として必要なものであり心がまえであると考えたからである。
だいぶむかしのことになるが、大渡順二が『医者の選び方』を書いたあと、私は大渡と共著で『医者のかかり方作戦』を書いたことがある。そこでこんどは、こういった「かかり方」を身につけるまでの、私自身の体験や仕事の実際をまとめておきたいと思った。
今年の春、入院したときから、こんな構想を頭のなかですこしずつ整理し、それをまとめるのが、回復期の在宅仕事としても、ちょうど適当なのではないかと考えたりもした。
ところが八月に入る頃になって、私は私自身の病気に、締め切りがあることにはじめて気がついたのである。残された時間は短く、たてた構想は大きい。とても無理とはわかっていたが、いまさら死期を自覚した人間の心境など、もっともらしく書くだけの勇気もないし、それに耐える思想をもっているわけでもない。
そこで間に合うかどうかはあとまわしにして、ともかく最初の構想どおり四部にまとめあげてみることにした。しかし病気の進行というものはなかなか思うようにいかないもので、一部口述になってしまったし、私の過去の仕事を再構築する予定だった部分も、その多くが旧稿の寄せ集めにすぎないものになってしまった。いずれにしても、この整理されないままの原稿を、社の同僚がなんとかうまくまとめてくれることを願うだけである。
私はいま、容態が明日どう急変するかもわからない状態のなかでこの「あとがき」を書いている。痛み止めの注射のせいか頭が重い。
それにしても、こんなものをまとめることができたのも「保健同人」という大きな土壌の中で、私に自由な仕事をさせてくれた、大渡順二、肇、二代にわたる社長の庇護があったからである。それにいい先輩、同僚に恵まれたことも私にとって大きな倖せであった。ここでこれらの人たちに深く感謝したいと思う。
昭和五十四年十二月十三日
岡本正


岡本正 著
病上手の死下手
〈非売品〉
昭和五十五年六月二十日発行
発行者 大渡肇
発行所 保健同人社
〒101 東京都千代田区猿楽町一・三・六
電話 東京〇三(二九二)八八四一(代)
印刷所 三喜堂印刷所