こんにちは。

アレテーを求めて~

今日もトコトコ( ・ω・)

弁護士の岡本卓大です。

 

平日ですが、法律記事以外をたまには書いてみます。

(多少は、法的な面もあるか?)

 

中国、朝鮮、日本などの、いわゆる東アジア文化圏では、

儒教道徳が、精神的支柱(西欧文化圏のキリスト教のように)となってきました。

 

儒教道徳の強い東アジア文化圏では、

歴史的に、身分制男尊女卑の思想が強かったと評価されます。

特に、孔子(紀元前552年または551年~紀元前479年)

の教えである儒教は、

忠君愛国の身分制等を正当化するものとして権力者たちに

利用されてきた面はあると思います。

 

ただ、私は、孔子の言葉を孔子の死後に弟子達が収集した

儒教の一番の聖典ともいうべき『論語』を何度も通読しています。

私自身が、孔子の教えである『論語』を読んだ感想としては、

孔子の教えは、忠君愛国の教えでも、男尊女卑の教えでも

無いと感じています。

 

孔子がもっとも大切にしたのは、人を愛する心である『仁』です。

これは、まったく文化的系統のちがう、キリスト教世界の『愛』と通じる

人類の本質であるように思います。

 

孔子は、『徳』が君主には必要であることを説きました。

これは、古代ギリシアでプラトンやアリストテレスが、『アレテー(徳)』

重視したこととまったく同じように思います。

なお、『智』について、

「わかっていることを『知っている』という、わからないことを『知らない』という、

これが『知る』ということだ」という教えは、

まさに、ソクラテスの『無知の知』に通じるものがあります。

 

孔子は、『礼』を説きました。また君主への『忠』を説きました。

これらは、後世の東アジア文化圏で君主権力を肯定することに利用されます。

しかし、孔子の時代は、中国の歴史の中でも、

戦乱に次ぐ戦乱が続いていた、春秋時代です。

王であっても簡単に殺され、人々が争っていた時代。

いわば、イギリスのホッブズ(1588年~1679年)が、

「万人の万人に対する争闘」と表現したような、

秩序なき自然状態の状況にあった時代が、まさに孔子が生きた時代の中国です。

そのような時代に、王という身分に生まれた者を王として認め、

武力によって殺害せずに、王が徳を持って人民への仁をもって統治を

行い、それに臣は忠を尽くすべきというのは、

身分制の肯定のためではなく、平和への願いから出た考えである

と評価できるように思います。

 

さて、本題の孔子の教えとジェンダーの問題です( ・ω・)

孔子の論語のどこを読んでも、男尊女卑の思想は出てきません。

孔子は、男女問わず、人への仁を説いた人でした。

男の方が女より偉いなんてことは一言も言っていないし、

そう評価される言葉も残していません。

 

男尊女卑の誤解を生んだとしたら、この言葉だと思います。

 

男女七歳にして席を同じゅうせず

 

この言葉は、子どもが成長し、七歳にもなれば、

性の意識が芽生えてきます。

そのため、同じ席(むしろ)に一緒に座らせるべきでない。

というのが本来の意味です。

男女差別というよりも、性差を意識した、

プライベートゾーンの保護が本来の意味ですね( ・ω・)

 

ところが、この教えが曲解され、

男女は、男は男、女は女として区別して、

育てなければならない。

ひいては、政事は男、家事は女という役割分担を

大事にせよ、

という間違った内容で東アジア文化圏に影響を与えることになります。

 

その背景は、儒教の生まれた中国で、

呂皇后(漢の高祖劉邦の妻)や則天武后(中国史唯一の唐の女帝)といった

数少ない女性権力者が恐怖政治を行ったことから、女性を権力者にすべきでない

という世俗の考えが儒教の解釈に持ち込まれたのではないかと想像されます。

 

孔子自身の考えは、男女問わず、一人ひとりの人間を大切にし、

人を思う心である仁を最も大切なものとし、

権力者には徳を求め、

権力者の周辺にいる家臣達には、忠や義を求める

考え方であったと私は評価しています。

序列それ自体を大切にするのではなく、

それは、戦乱(殺し合い)を行わないための

徹底した平和主義者であったとも言えます。

 

そして、孔子の教えは、よくよく分析してみると、

キリスト教世界のイエス・キリストの教えや、

仏教の釈迦牟尼(お釈迦様)の教えと共通している部分がかなり多いように思います。

そして、また西洋哲学の基礎となった古代ギリシアのソクラテス、プラトン、アリストテレス、

さらに近代のヴォルテールなどの啓蒙思想家の思想とも共通している部分が

多いように感じています。

 

一つの宗教の教義にとらわれず、

世界中の様々な思想家の思想を読み、学ぶことができる

信教の自由、学問の自由の保障された日本に生まれてたことは

幸福だと感じます。

洋の東西を問わず、いろいろな思想を読み比べることが

できるので( ・ω・)

 

孔子の儒教の教えは、

天賦人権の思想とも、男女平等の思想とも、

なんら矛盾するものではありません。

嘘だと思うのであれば、

自分自身で、論語をきちんと読んでみてください。

 

えっ、何の役に立つかですって?

うーん、自分自身の思想・人間性を豊かにする(^_^)

 

読んでくださり、ありがとうございました。