調子が悪いと、いい結果が出ないことに対して言い訳する子供たちがいます。
そういう時は、
”今までできていたのに、何故できないのか、自分自身に何か迷いがありできないことに理由をつけているのではないか”
と問いかけます。
さらに付け加えて、”その迷いを吹っ切れるほど、結果を恐れず思い切りやりなさい”と背中を押してあげます。
これで大抵は調子を取り戻してくれます。
しかし、どうしても出来ていたことが出来なくなってしまうことも中にはあります。
私が教えていた学童野球の選手で体も大きく、バッティングセンスも良く、毎試合必ず鋭い打球を放つ選手がいました。近所のバッティングセンターにも良く通っているらしく、月間ホームランランキング上位にいつも名を連ねていました。
しかし、ちょっとした空振り三振をきっかけに全くバットを振れなくなってしまいましたのです。
強くボールを叩こうと力任せにバットをボールに当てようとするだけで、今まで作り上げてきたバッティングフォームは見る影もなく、なりふり構わず振り回していまっていました。
感覚を取り戻させようと、ワンポイントで指示しても全く効果なく、重症と言わざるを得ません。
完全に感覚を失っており、これはテコ入れしなくてはと、平日夜に自宅に招きました。
教えたのは、バッティングのフォームではなく、体の使い方。強くボールを叩きたいほど体の力を抜くという”脱力”です。
体の力を抜いてボールが当たる瞬間にボールの”重さ”を感じるよう指導すると、スイングにしなやかさが生まれ、体幹を利用しながらしっかりボールを叩き始めると、ボールをはじく音が大きくなり、そのことを本人も認識し、今まで間違った力の使い方をしていたと悟ったようです。これが脱力の大切さで教えたのは、たったこれだけです。
バッティングセンターでは色々な球速の打撃練習ができる反面、一定のタイミングかつ球速でボールが放たれるので、タイミングを掴んでしまえば簡単に打ててしまいます。
しかし、実際のピッチャーが投げるボールはゆったりとしたピッチングフォームであったり、クイックモーションであったり、速球があり、緩球があり様々です。打つ形が出来てたとしても、タイミングが合わず、打てないという壁にぶち当たってしまいます。
私はこれを”バッティングセンター病”と言っていますが、彼はまさにこれに陥っていました。
指導後の次の試合、初打席で三塁線を抜く二塁打を放ち、早速結果を出してくれました。塁上での彼のガッツポーズと雄叫びはバッティングセンター病を乗り越え一つ人として成長したぞという心の底からの雄叫びでした。
わたしも、彼のガッツポーズに片手を上げて「よくやった!」と言わんばかりに無言で応えましたが、心の中では自分自身で出来ないことに気づき、あるべき姿に向かって取組み、見事苦難を乗り越えた彼の成長の姿に涙が溢れそうになり、こらえるのに必死でした。
感覚を取り戻した彼は、その後一度も調子を崩すこともなく活躍してくれ、学童野球の最終戦には念願の学童初HRをセンターの奥深くに放り込んでくれました。
選手や部下が何に悩んでいるのか、指導者や上司がそれを理解し、形がどうだのという指導や今すぐ効果が出なくても将来に対して通用する指導をしなくてはなりません。
いつも、選手や部下の将来を思い描きながら接していますか?
つづく