友人は何か個人でやってるお店を見つけると

すぐに立ち寄り、探索します。

 

 

 

 


(散歩道、いつも楽しみにしている今月の言葉)

 

 

 

 

 

 

6月30日の夏越しの祓の帰り道。

 

 

友人は水無月を買って帰ったのですが、

その店は名もなきひっそりとある和菓子屋さんでした。

 

 

 

買った水無月を見て、

満足そうに私に言うんです目ラブラブ

 

 

「個人でやってる小さなお店を見ると

応援したくなっちゃうんだよね〜照れ

 

 

 

 

京都にまさる和菓子はない!

 

と、ある女将に言われて、

実家の田舎のお菓子を馬鹿されたことがありますあせる

 

まあ確かに京都のお菓子は美味しいですよお願い

あんこの品ある甘さは他では真似できないほど。

技術も洗練されているキラキラ

 

 

羊羮は「虎屋」、

お茶席のお菓子といえば「玉寿軒」や「塩芳軒」

など、手土産の定番もたくさんあります。

 

 

けれど、皆どうしても盲目になりがちで、

有名店や人気なもと言うだけで、拘ります。

 

 

 

同じ半襟(着物の下着=襦袢の襟)でも

無名のものかブランドのものかで

受け取った側の気持ちが違う。

 

だから気を利かせて名の通ってるものを渡した方が、

 

「あんじょう、わかったはる」

と思ってくれる。

 

そう言うことも教わったこともあります。

 

 

その時は

「へ〜なるほど!」

と思ってからは、名の通っているものばかり

目をつけるようになりました。

 

でも今思えばまさに表面しか見ない人たちの考えですねあせる

 

 

古い世界ではいまだにこう言う習慣はまだ残ってます。

悪いわけではないのですが、

なんて言うんだろう・・・

 

 

結果、何を求めていているんだろう。

よく思われたいのかなぁ?

一番大事なことってなんだっけ?

と思うのです。

 

 

 

真実は、ブランドだけに価値があり、

物自体は無名のものより質が下がっていることもあります。

 

 

ブランド=絶対良品

無名=大したことない

と言う方程式はもはや存在しない気がします。

 

 

おんなじ工場でおんなじもの作っていて、

付けるタグだけブランドものにして市場に出ている。

 

と言うことを知ってしまってからは、

モノ自体の良さを 見るようになりました。

 

 

だけど、いまだにブランド思考の方々が多くて

手土産に困ることもしばしばですけどね・・・笑い泣き

 

「名もなき、良きもの」ってたっくさんあるんだけどな〜DASH!

 

 

京都は特にのれん分けが多数存在しますが、

それでも大手には勝てない。

 

ブランドはブランドの名ですでに売れるから。

 

友人も私も独立した身だから、

個人で始めた人の大変さや気持ちが良くわかりますひらめき電球

 

 

されたら嬉しいことってなんだろうな?

 

 

やっぱり小さなお店、

お商売など始めたばかりの人を応援だと思いませんか?

 

 

どう言う思いで、どんなものを、どんなふうに

人々に提供しているのか。

そう言うのがわかるお店。

 

 

お菓子に限らず、

あらゆるものが大型化になりました。

 

 

 

餅は餅屋と言うように、その道のプロの話が聞けて、

人と人が触れ合える小さなお店を大切にしてゆきたい

と思いました。

 

 

 

老若男女、

本当に良いものをわかる時が来るのかしら?

 

まあ、ものの良し悪しも個人の主観になるのだから

当てにはならないのだけどね汗

 

 

少し憂いた今日この頃でしたあせる