ー2002年夏



私は結婚を目前に男と破局した。



もとより私の事を快く思っていなかった



彼の家族が仕掛けた



嫌がらせが功を奏したというべきだったのか。



「せやかて、あんさんがそんなに・・・



なんや、マリッジブルー?



とかなんとか言いはるんやったら、



ウチらのほうこそ火の車ですわ。



息子にはよく言ってきかせるさかい、



もう金輪際この家の敷居は



またがんどいてくれんやろか?」 



・・・・・・・・



涙がはらはらおち



ハンカチをひたひたと浸し



最後はべちょべちょに濡れ、



顔はぐしょぐしょになった。



「短い間でしたがお世話になりました」



荷物をまとめて玄関におりた。



外へ出るには



彼の家族が営んでいた呉服屋の



店舗をぬける必要があった



突然悔しさがこみ上げてくる



自分をおさえることができなかった。



私は一番高そうな振袖の



裾をつかんで鼻をかんでやった



「こんなカビ臭い振袖では



鼻もようかめまへんわ」



捨て台詞が



アクセルを踏み込んで



怒りが高速に飛び乗った。



レジをあけて手を突っ込み



現金をポケットにつめこんだ。



久しくただ働きしたにしては



それは雀の涙ほどのお金だった



でも金額は問題じゃなかった



それはの解放の象徴だった。



私は自分の自由を奪い返えそうとしたのだ。



「これはほんの頭金や



搾りかすになるまで



一滴も残らず



慰謝料としてもろてくで。



払えんようやったら



ピサの斜塔に逆さにくくって



スカイツリーのてっぺんに



置き去りにしたるからな。



息子の鼻水とケツ



よく拭き取ってから



家族全員雁首そろえて



まっとけや」。







外へでると太陽は私の真上から



容赦なく照りつけた



たった一度の深呼吸で



熱気は口から流れ込み



瞬時に私の身体をオキュパイドした。



真実の愛への道は



絶望からのはじまりだった。



手の中では汗でびしゃびしゃになった



福沢諭吉と新渡戸稲造が



私の悲しみにユニゾンするように



チーム一丸となって



顔をくしゃくしゃにして泣いている。




樋口一葉が五千円札に



大抜擢をうける



数年前の出来事だった。



君死にたまふことなかれか・・・



ほてった私の心と身体を



アスファルト越しの蜃気楼が



夢の中の出来ごとのように溶かして行く。