プロローグ
時は大正時代。
景色一面が白化粧をし、寒さで息が白くなる頃、久喜院家という富豪は愛する一人娘である久喜院 桜の17歳の誕生日パーティーを行っていた。招待された来客人と和気あいあいを話している久喜院家当主、桜の父親はワインの入ったグラスを持ち、にこやかに祝杯をしていた。
しかし、主役である桜の姿は広場には見えず自室にいた。部屋は暗く、蝋燭の光だけが輝きベットの上に腰かける桜はつまらなそうに窓の方を見つめる。
夕日が落ち、風は肌寒く、空に無数の星が広がる。視界いっぱいに星をいれ桜は小さくため息をついた。「私は・・あの子たちとお祝いしたかったのに」パーティーに参加できるのは久喜院家を同じような家柄の者のみであり、庶民は入れないのだ。桜は、分け隔てなく平等に接していた為に庶民の子供たちと仲良くなりお祝いの約束も交わしていた。しかし、父親はそれを許さず部屋に閉じ込めたのだ。
パーティー参加者には、体調不良と伝えており主役が皆の前に出ることは無い。楽しみにしていた誕生日会、目元が熱くなるがぐっとこらえベットから降り窓に近づく。三階にある部屋から下までの距離はあるが、桜は意を決し自分の着ているドレスを脱ぎ捨て私服に着替える。ピンクを中心とした袴にブーツを履いて、帯を巻く。綺麗にまとめていた髪をほどき櫛を通す。大きな赤いリボンで後ろで一部の髪を結い胸元に手を当てる。
父親のいう事は何でも聞いてきたが今日で17歳。17歳と言えば大人の年齢の為にこのままずっと大人しくしていられないと眉間にシワを寄せ大きく息を吸う。
「出て行ってやる・・」
そう決意し、窓に目を向けると同時に強い風が吹き込み「キャッ・・!」と小さな悲鳴をあげ目を閉じ両腕で顔を隠す。降り始めていた雪が髪を濡らし、薄く目を開き窓の方を見ればそこには一人の青年が立っていた。満月の月を背後に、蒼い瞳が桜をとらえ、薄く笑みを浮かべている。一本に結っている髪が揺れ、桜は目を見開く。自分をここから逃がしてくれる王子さまが現れたのかと錯覚するほどその姿は美しく目が離せなくなる。
「あなたは・・?」
「俺の事は後で説明する。桜様、ここから出たいのだろう?」
空色の羽織が風で揺れ、青年は桜に手を差し伸べる。「俺が貴方を外へ連れ出してあげます。ずっと・・傍で守ってあげます」と青年は優しい口調で言う。桜は恐る恐る青年に近づきさし伸ばされている手を見つめる。この手をとれば外に逃げ出せる、それは自分が望んだことだ。富も地位も全て捨ててただの桜として生きて行けるのだ。
「お願い・・私を連れて行って」
と言いその手を取ると同時に扉が乱暴に開く。ばっと振り向けばそこに立っていたのは下で祝杯をしていたはずの父親であり、鬼の様な顔で青年を見つめる。
「貴様、何をしている・・!我が娘に近づくな!」
と叫ぶと同時に何か嫌な気配が複数感じ取られ、桜の足はすくむ。青年は目を細め左右に目を動かしては「・・なるほど、貴方が悪魔の頭ですか」と呟く。
「悪魔・・頭?」桜は訳が分からず頭をかしげる。
「桜様、俺の手を取ってくれますか?俺を信じてくださいますか?」
まっすぐ桜の瞳を見つめる。その瞳に吸い込まれそうになりながらも桜は「うん・・。信じるよ」としっかり答える。その瞬間、再び強い風が吹き込み蝋燭の光が消えると青年を桜を優しく抱き上げる。
「桜!命令だ・・!戻れ!」
父親は、自分の娘に命令を言いつける。ぴくっと肩を揺らしながら青年の服を軽く握りしめ目をきつく閉ざしたのち父親の方を見つめ口を開く
「お父様。私は、富も地位もいらない。私はこの家を出ていきます」
「な、なにを言っているのだ・・!」
「もう嫌なのです!何故、何故私はあの子たちを仲良くしてはいけなかったのですか!」
「あの者たちは汚れている!お前はあいつらとは違うのだ」
「違くない!!」
大きな声で叫ぶ。それは今までに出したことのない悲痛な叫び。その叫びに父親は口を閉ざし唖然とする。いつも大人しく、言う事をよく聞いていたいい子の一人娘が反抗する。それが信じられなかった。ましてや誕生日の日に、めでたい日に。風で揺れる長い茶髪の髪に、丸くぱっちりした瞳。その瞳には固い意志があり、揺らぐことは無い。
「桜・・」
「お父様、何故人は富というだけで人を差別するのですか?富、地位をすべての者が無くしたら、皆同じ人間なのに・・笑う顔も、泣く顔も、悔しがる顔も・・皆同じなのに」
目を閉ざす。仲良くなったあの子たちは、父親のせいでこの地区に住めなくなってしまったのだ。もう二度と会う事は出来ない。大切な、大切な友達
「私は、あなたを許さないです。たとえ、実の父であろうと」
そう言うと同時に青年は、桜を落ちないように包み込み窓から飛び降りる。
窓からいなくなった桜を、ただ見つめ父親は眉間にシワを寄せる「何故分からないのだ桜・・」拳を強く握り血が滴り床を濡らす。暗い部屋でうごめく姿の見えない何かは窓から下を見下ろすがそこに既に姿は無く、父親の方を向く。
《いかがなさいますか》
はっきりしない声が部屋に静かに響く
「連れ戻すのだ。桜は傷つけるな、あの男は殺して構わない」
《御意》
気配が消えれば父親はベットに近づきそっと触れる「お前を守るために私はなんでもした。汚いことも、なんでもな」シーツを握り赤く染まる
「そのために、お前の母親をも利用をしたというのに、何故理解してくれないのだ・・」
一面白の世界を青年は風のように走る。二人を照らし道を照らすのは満月の月明かりだけであり決して先が見やすいというわけではない。しかし桜は笑みを浮かべた。
「わー!すごい綺麗」
地平線が見え、白と無数の星、満月の月という美しい世界。空から白い星も降り始めキラキラを輝く。あの家を出なければ、青年の手を取らなければ見れなかった景色だ。
「もっとこれから綺麗な物が見れますよ」
青年の声色は明るいが、表情は無の表情に等しく感じるも何かを気にしている様子であったため桜は「何か気になる事でもあるの?」と問いかけ、何かを言おうとしていた矢先、高く地を蹴り舞い上がる。空中で姿勢を反転させ後ろを向くと、そこには無数の黒い影がすごい速さで追ってきている。あれは部屋で感じた違和感と同じものであり、青年の顔を見ると口元を緩めていた。
「桜様、大丈夫です」
不安を感じ取ったのか青年は安心させるように言葉を選び発する「今度は俺が守ります」と小さく呟く。今度?と不思議に思うがそれを聞く暇はなく、影は青年に黒い何かを飛ばす。それを避け、積もっている雪を足でけり上げ白い幕を作ったすきに高く飛び上がり、月の影となる。何故こんなに高く飛べるのか不思議だったが、幻想的な景色に桜は息をのむ。追われているのに、胸は高鳴り興奮をしていた。
「こんなに・・こんなにドキドキするの初めて!」
満面の笑みを浮かべる。青年は桜のその笑みを見た時時が止まった気がした。一瞬その笑みが遠い記憶のある少女の笑みに似ていたから。
「しまっーー!」
黒い影に青年は足を取られ地面に吸い寄せられていく。遠ざかる月に手を伸ばし桜は「助けて」と小さく呟きながら青年と落ちていくその時
死なせない
と空から声がしたと同時に赤い花が舞い散る。桜は目を見開く
それは、空に咲く
セキリノハナ
ーーボフン!!
白い雪煙をあげ地面に落ちる。黒い影はその場に近づくがそこにはいるはずの青年と桜の姿は無かった。