希望の轍 | ようこそ「おかけや」へ

ようこそ「おかけや」へ

卵かけご飯のお店として二年前に誕生した「おかけや」より安全に、より美味しく、より広がりを持たせるべく、2012年4月Community CafeとしてリニューアルOPENしました(^ー^)ノ
まなびといやし,チャレンジの空間です。何でもありのでこぼこ集団。あなたも参加してみませんか?

このタイトルに「あれ?」と思った方、、、30代後半以上ですね(笑)

当時おかけやチューボーが「ザザンの曲の中で一番好き」と言っていた歌です。
「轍(わだち)」という聞き慣れない言葉に、辞書を引いた覚えがあります。
「車輪のあと」という説明を読んだ私は、「希望の轍」という言葉に、

幼い頃好きだったテレビ番組「大草原の小さな家」の、家族を乗せて走る幌馬車を

イメージして・・・桑田さんの意向をまったく無視して聴いてました。


急にそんなことを思い出したのは、今週から「おかけや」で職場体験実習に

取り組む一人の青年・ゆうまくんの姿を見ていて。


彼は20歳。

身体に動きづらさがあり、車椅子を使っています。

持ち前の明るさには、驚くほどの繊細さと心配り・気遣いが同居し、

一緒に過ごす誰もが元気をもらえます。


おかけやでは、お客様に「今日のご飯やメニュー」を説明していますが、

ゆうまくんが語ると、それはそれは美味しそうに聞こえます。

(あ、本当に美味しいんですが・・・。)


昨日の豚汁も、私だったら「今日は豚汁です」だけで済ませてしまいそうなところ、

彼が言うと「今日は寒いので。ぜひ豚汁をどうぞ。あったまりますよ。」となります。

常連のお客様が「そうやって説明してもらうと、いっそう美味しく食べれますね。」

と応えて下さっていました。


そんな彼は、道後から市内電車→郊外電車を乗り継いではるばるやってきます

が・・・昨日、彼が横河原線の駅に降り立ったときのことです。


駅の出口付近、下水道工事をしていました。

正面から出入りするのには問題なかったのですが、ちょうどスロープ側を

掘り起こすような位置関係で、重機やコーンが並び、スロープが使いにくい

状態だったそうです。

ちょうど一緒に駅に降り立った他のスタッフが、「じゃあ今日は・・・」と、正面の

段差を、車椅子で後ろ向きに降りる介助をしたそうです。


工事をしていたお兄さんたちは、その様子に気付き、重機から飛び降りてきて

「すみません!」と慌てて頭を下げていた、とか。

駅を後にする二人を見送りながら、工事のお兄さんたちは、板と角材でなにやら

・・・見れば、簡易のスロープをこしらえていたそうです。


スタッフが、「ゆうまくんが通ったけん、出来たスロープやね」と言ったら、

ゆうまくんは静かにうなづいたそうです。


きっとあの後、駅に降り立った車椅子の方、乳母車を押している方、杖を

使っている方は、とっても助かったはず。

もちろん、帰りには、ゆうまくんもそのスロープを使うことでしょう。


そして、あの工事のお兄さんは、他の現場で「スロープが使えるかどうか」を

確認するようになるはず。


ゆうまくんが動くことで、社会は変わっていくのです。

彼が動くことで、人は、気付かなかったことに気付き、知らなかったことを知り、

「新しい動き」を取るようになるのです。


長くなりますが、もう一つお話しを。


別の日のこと。


3人の男性が来店され、お食事を終えて、ゆうまくんが担当するレジに向かい

ました。

今でこそあれこれと工夫をしてスムーズにお釣りの受け渡しが出来るように

なったゆうまくんですが、その時はまだ、慣れない作業に手間取っていました。


一人目の男性が、千円札を渡します。

計算をし、小銭をレジから一つひとつ拾い上げ・・・その動作を男性は

心配そうに見守っていました。

こぼれ落ちそうになる小銭を受け取りながら、男性はほっとしたように

笑顔で「ありがとう」と。


そんな様子を次に並んで見ていた二人目の男性。

ご自分のお財布の中をじゃらじゃらとさぐっていました。

ゆうまくんが計算をし、「450円です」と伝えると、男性は「ちょうどです」と、

小銭を、見えるように並べてくれました。


三人目の男性は少し年配のおじさま。

見れば千円札をお持ちです。

少し離れて見守っていると、ゆうまくんが「千円お預かりで、550円の

お釣りです」と説明する言葉に、男性が「550円、な。」と応えています。

そして、その右手は、ご自分の小銭入れを思いっきり広げ、ゆうまくんが小銭を

懸命に拾い上げているレジの、本当にギリギリいっぱいすぐわきに

添えてくれていました。

長身をかがみこむようにして、ゆうまくんの手元にご自分の手を伸ばして

いる姿は、なんとも優しくて、、、


「ありがとうございました!」と見送る私たちに、「また来るよ!」と言いながら

お帰りになって行く笑顔は、本当に素敵でした。


ゆうまくんがレジを担当していたから見えた、三人の優しい姿。

ゆうまくんが懸命に動かす手が動かした、三人の心。

ゆうまくんでなければつくりだせなかった世界が、そこにはありました。


誤解をおそれずに申し上げるなら、「人としての『あるべき姿』を見た」思いです。

   迅速さばかりを評価する世界。

   スムーズさばかりを求める世界。

   「淀みない流れ」が「丁寧さ」だと勘違いする人々。

   少しの手間取りにいらだつ人々。

そんな世界は、苦しい。

ゆうまくんと三人の男性のやりとりを見ながら、「見守ること」「相手を思いやること」

「寄り添うこと」といった、あるべき姿を思い出しました。


その後のゆうまくん。

そんな人の厚意に甘えずに、「もっとスムーズに渡せるには?」と、試行錯誤を

続けています。

彼のそんなところが、私にはまぶしく、彼の中にもまた、「あるべき姿」を

見るのです。


ゆうまくんが動くと、人は変わる。社会は変わる。


駅での話を聞いて、「ゆうまくんの車椅子は、社会を耕すね~。いい仕事する

車椅子やね。」と言うと、彼は、「もう、ボロボロやけどね~」と笑いながら

返してくれました。


本当にボロボロの車椅子。(←失礼!)

でも、彼がどれだけの道のりを歩んできたかが伝わってくる車椅子。


ゆっくり、ゆっくり進む、その車輪の後ろには、、、、希望の轍。