6月某日、会社からこんな通達が来た。


「プライベートの過ごし方は?(アウトドア編)」という題で1,500字以内のブログを書いてください。


4月に会社に入社したばかりの私は度肝を抜かれた。
コロナの世の中なのと、入社したてで慣れない環境に疲れていた私は、休日はほぼほぼ家で引き籠もっていた。そんな私にアウトドアな趣味を書けと。


何もない、書けるわけがない。


といっても業務命令である。何か書かなければいけない。
Noとは言えない訳である。

悩みに悩んだ末、自分でもなかなかに狂ってる発想を思いついた。

なら実際にアウトドアな事をしてこよう!


というわけで、6月の最終土曜日、私は始発電車に揺られていた。


 

前日金曜日まで出社して働いていた私は疲労困憊だったので、グリーン車に課金し、高崎線内は爆睡していた。



行き先はというと、越後湯沢駅である。

普通なら新幹線で行けば楽なのだが、あいにく上越新幹線の始発が遅いこともあり、鈍行で行っても新幹線を使っても到着時刻が1.5時間ほどしか変わらなかった。


それならば!という事で、貧乏性の私、は鈍行でケチケチ行くことにしていたのだ。


越後湯沢駅がICカード使えないことを見越して、前日に東京駅のみどりの窓口で越後湯沢までの片道切符を買ったのだが、

私「越後湯沢までの片道切符を。経由は鈍行でお願いします。」

みどりの窓口「え?在来線のみで行かれるんですか?」

私「あ、はい。(別いいじゃないか)」


と、数々の鉄オタたちの奇妙な切符を発券してきた経験豊富なみどりの窓口のお姉さんにも、2度聞きされるという貴重な経験をしてしまった。


高崎線内は爆睡していたので高崎駅まではすぐに感じた。
8時23分、高崎駅始発の水上行きの上越線に乗り換えた。




引き続き、水上駅では上越線長岡行きに乗り換えた。




そして鈍行に揺られること4時間。
10時17分にようやく中間目的地の越後湯沢駅に着いた。

今回の旅の目的地について触れていなかったのでここで触れようと思う。


私のアウトドアな趣味といえば真っ先に上がるのが限界旅行だった。

そこで、ネットで「秘境地 徒歩でしか行けない」などと検索をかけていたところ、新潟県にある赤湯温泉、という温泉があることを発見した。

ふむふむ。なになに?
徒歩で4時間歩かないと着かない?

なんなら温泉の小屋に電気ガスは通ってない?

まさにアウトドアである。
これはブログに投稿するのにぴったりだ、と思った私は赤湯温泉を目指すことにしたのだった。


この赤湯温泉、バス停を降りてから徒歩4時間なのだが、そのバス停に行くまでがまた大変なのであった。


越後湯沢駅から苗場プリンスホテル方面のバスに乗り換え、40分乗る必要があった。




というわけで、越後湯沢から路線バスで苗場プリンスホテル方面へと向かう事にした。
バスは、どこかで見たようなカラーリングのバスがやってきた。


調べてみるとどうやら東急バスのお古を移譲してもらって使っているらしい。せっかくの旅行なのだが、普段近所で見かけるバスに乗る、という少し現実に戻された気分だった。





バスの乗客は土曜日というのに私を含めてたった2名だった。
もう一人は途中の貝掛温泉で降りていったので、途中からは完全に私一人だけになってしまった。

採算大丈夫なのかな…少し不安になるガラカラ具合だった。

越後湯沢駅からバスに揺られること40分。目的のバス停、元橋に到着した。


見渡す限り道路と自然しかない。
これはとんでもない所に来てしまった。



バス停を降り、少し幹線道路を登っていくと、脇道に看板が建ててあった。

どうやらこの脇道から赤湯温泉に行くことが出来るらしい。

秘境地にある温泉とは思えないくらい立派な看板である。


なんだ、4時間歩くといってもこのカジュアルさなら余裕かな〜〜??
3時間で着いちゃうぞ〜〜

なんて甘っちょろい考えが頭の片隅をよぎった。


現実は全くそんなことなかったのだが。



看板に従って脇道を歩き始めた。

普通に車が通れる道だ。

また、この日は雨がまぁまぁ普通に降っていた。
なので傘をさしながら歩いていたのだが、これが後々の私を苦しめることになった。

そんな事と知らず、私は「余裕だな。ちょろそうだ。」とTwitterを見ながら余裕ぶっこいて歩いていた。



歩みを進めること10分。
車両通行止めの雰囲気が漂ってきて、いよいよ車が入れない細道が登場した。

とはいえこれくらいなら普通に歩ける。
足元も安定していたのでなんてことなかった。




ん???

んんんん????


先程の緑の芝生道を登りきった先、道の様子が一変した。

周りは木々に囲まれ、落ち葉で満たされた道へと変貌した。

道幅も徐々に細くなり、徐々に怪しい雰囲気へと変わっていった。





!?!?!?
崩れが発生していたため、ロープの登場である。

傘をさしていた私はロープをつかむ余裕がなかったため、そのまま恐る恐る道を下ろうとした次の瞬間、


ズザザザザ…


滑り落ちた。それも5mほど。

慌てて尻もちをついて滑り落ちるのを止めたので崖下に滑落することは避けられた。

この時は生きた心地がしなかった。
写真では分かりにくいが、落ち葉の道になっているところ以外はほぼすべて崖になっていた。
落ちたらまず助からないだろう、といった雰囲気だ。


私は濡れた落ち葉の脅威を身にしみて感じた。
濡れた落ち葉は時に狂気になりうる、と。




なんとか道に手をつきながら、一歩一歩足場を確認しながら、




時には適切にロープを使用しながら…
(意外にもロープは汚れてはいたが、しっかりしていて切れそうな雰囲気は無かった。)




なんとか、なんとか、赤湯温泉を目指した。

まだこの時も雨は降り続いていた。
というか、予報では1日中降る予報だったので、多分やまないだろう。


こんな生死の境目みたいな道を歩くこと45分。



ようやくチェックポイントっぽい橋に差し掛かった。

事前にネットで下調べをしていたところ、どうやら赤湯温泉までは峠を3つ超えるらしい。

川に辿り着いた、ということはどうやら1つ目の峠は超えたのだろう。

濡れた落ち葉のせいで生きた心地はしなかったが。




道中、ちっちゃな看板が時々道案内をしてくれる。




中にはこんな案内も。
こちら、矢印の指す方を向くと……




は???

ここ行くのかよ。


というものも笑


矢印が指し示してくれなければこんなト○ロの森みたいところは進めないだろう。

人一人分くらいしかないスペースをくぐって、私はひたすら赤湯温泉を目指した。





赤湯温泉のある場所は圏外らしく、確かに段々と電波が弱くなっていっているのを確認しながら歩いていた。





相変わらずの細道である。
靴の両足を揃えたら、それが道幅、といった感じだった。




1つ目の川から歩みを進めること1時間半、計2時間ちょっと歩いたところで第2チェックポイントに辿り着いた。



川があるという事は2つ目の峠も超えたのだろう。




川を渡ったあとは、昔車両が通行できた(今は通行止め)林道を30分ほど歩いた。

ここは電波は届くし、GoogleMapにも道が示されていた。




とても歩きやすかった。
生きてる実感がした。




変わらず道中、ちっちゃい可愛らしい看板が建ててある。
どうやらまだあと1時間半もかかるらしい。

今まで2時間半歩きっぱなしなので、あと1時間半あるいたら確かに全部で4時間かかったことになる。


3時間で走破できるっしょ、なんて私の甘い幻想が崩れさった瞬間でもあった。




とはいえ歩かないと温泉には着かないので歩くしかない。
林道が終わるとまた再び足場があるのか無いのかよく分からない道が姿を現した。




どこが道なのかもはや分からない。
感で歩くしかなかった。




そして、電波が届く最終地点までやってきた。
どうやらギブアップの連絡はここでした方がいいらしい。
タクシーを呼ぶ方法が書かれていた。


この見返りの松を過ぎると、確かにすぐに圏外になった。
電波も電話も使えない秘境地へを足を踏み入れてしまったことになる。





そして、苦節4時間、3度目の川越えを達成した。
つまり峠を3つ越して、赤湯温泉に到着できたことになる。





温泉が!ある!




確かにそこにはしっかりと温泉があった。




川の横に温泉があり、いかにも秘境地の温泉って感じである。
雰囲気はとても良い。





そして、今晩泊めさせていただく宿はこちら、赤湯温泉山口館。

本来は山小屋としての立ち位置で、ここから苗場山に登山する人が利用することを目的として建てられたものらしい。





「雨の中ご苦労さんご苦労さん!」
と女将さんが優しく受け入れてくださった。

チェックインを済ませるやいなや、部屋に案内された。
どうやら今晩泊まるのは私だけらしい。


私だけのために開けていただけるとはおねがい
感謝多謝。





疲れた私は一旦昼寝をし、その後温泉を楽しむこととした。




天然露天風呂なのでシャワー室や着替え室は無い。
その場で服を脱いですっぽんぽんの状態で温泉に浸かった。




ちょうど日が暮れるタイミングだったので、ろうそくの明かりを照らしながら入浴した。




明光風靡とはまさにこの事。
電話も電波も電気も届かないところのため、当然明かりはこのろうそくの炎のみ。


逆にその限られた光が現実を忘れさせてくれる魅力が、ここにあった。




入浴を済ませ、自室に戻ると、女将さんが部屋のランプを灯してくださった。
ランプはさすがにろうそくではなく、灯油だったが、それでも部屋にある明かりはこの明かりのみ。


昔の人の生活を想像掻き立てられる雰囲気であった。


夕飯は女将さんが作ってくださり、新潟県産のコシヒカリを美味しくいただいた。

そして、夜はやることがなかったので20時過ぎに寝て、明日に備えることとした。




翌朝、4時過ぎに起きた私は、女将さんが作ってくださったおにぎりを手にして、5時すぎに宿を出発した。





昨日は降っていた雨はやみ、傘をさすことなくもとのバス停に戻ってくることができた。

行きに比べ、帰りの4時間(かからなかったので正式には3時間ちょっと)はとても楽に感じた。

やっぱり雨の中を登山するのはよくないらしい。
そのことを身に沁みて理解した。



バス停に戻った私は9時半のバスで越後湯沢駅に戻り、そこから鈍行で新潟県は弥彦駅を目指した。

朝早くに宿を出た理由はここにあった。





越後一の宮にあたる弥彦神社に参拝したかったのだ。




赤湯温泉にいると日付感覚が無くなっていたが、今日は日曜日。
家族連れの人が多く見られた。





弥彦神社参拝後は、弥彦山にロープウェイで登り、佐渡島や、




越後平野を一望した。







その後は弥彦駅から、燕三条駅まで戻り、そこでお土産の日本酒を買い、新幹線で帰宅した。


ところですっかり忘れていたが、今回の旅の目的の1番は何だったのか。


会社のブログを書くことであった。


うん、これなら十分アウトドアな文章が書けそうだ。
そう満足した私は帰宅後、1,500字の旅行記を書いて会社に提出した。



蛇足:
赤湯温泉といえば、世間的には山形県の赤湯温泉を指しますが、新潟県の赤湯温泉も負けてませんよ!!!
脚に自信がある方は是非訪れてみてはいかがでしょうか?徒歩でしか行けない温泉が、そこにあります。