たまに調子がいい時は、友人に誘われて遊びに行くこともあったが、いい状態は長くは続かなかった。
体調の不安定さと自己否定、
人付き合いで無意識に過剰に気を遣い体調を崩す、
周囲との比較し自責の念に駆られる、
周囲の不理解に嘆き苛立つ(僕の説明不足も含めて)、、、
ありとあらゆるネガティブな要素を全身で感じ取っていた。
俺の何が悪いんだ。
そんなことやっても無駄だ。
なんでわかってくれないんだ。
どうせ誰もわかってくれない。
何で俺だけこうなんだ。
そんなこころの声でいっぱいだった。
誰が悪いわけでもない。今ならそれがわかる。
一つ言えることがあるとすれば、僕はあまりにも無知だった。
学力とか知識だけのことではない。
「生きる」ということについて知らなすぎた。
「人の中で」生きる、ということも。
自分の身体が、口からとり入れたものでできているということ。
この世の中は、ありとあらゆる人やモノ、目に見えない存在のおかげで成り立っている、生かされているということ。
自分の発する言葉(こころの声も含めて)でできているということ。
頭ではなく体感として、実際に感じる経験をして、今は随分わかるようになった。
当時は苦しい想いをしても、信頼して安心のなかで全てのことを話せる人がいなかった。
「どうせ誰も最後まで聴いてくれない」と諦めていた。
知ろうともせず、話して気づこうともしなかった。
必ず自分の中にある。
わからない答えも、回復する生命力も。
誰かが言った事ではなく、自分が発した言葉の中に。
自分には自分の歩んできた道があって、今の自分がある。
これからどうすればいいのかわからずとも、感じた思いの中から、見えてくるものがある。
自分の心地よさを知って、小さな一歩を踏み出す。
「風が気持ちよくて、歩いてみたら楽になった」
一歩とは、そんな些細な経験の積み重ね。
いつのまにか、動ける範囲が広がり、こころも身体も軽くなる。
それで自然のありがたさに気づくこともある。
そして、今、僕は生きている。
生かされている。
幸せはあなたのすぐそばに🍀
天地人に感謝
生かされている事に感謝