私が今 お手伝いさせていただいている施設のご利用者さん達は70歳、80歳以上の方が主流で、何らかのかたちで戦争の影響を受けてきた方が多いです



その苦労の所為なのかどうか 結構な割り合いで「申し訳ない」「お手数をおかけします」「すみません」「こんなはずじゃなかった」などの台詞を連発して お世話になることに少なからず罪悪感を感じておられるようにもお見受けします


まずはお金の心配をし、働く者への苦労を労い、何かの役に立とうとしてくれます



中でもお金へのこだわりの強い方が多いです

そりゃそうですよね
お金は大事ですものね


巷で言われているような「盗った、盗られた」などの騒動に遭遇したことは無いのですが、提供される食事や飲み物に対して「いくら払ったらいいのか?」とか「まだお金を払っていないけれど…」「財布を忘れてきた!」などと心配をされることが多くあります


「お代は既に頂いています」「ご家族の方がお支払いされていますよ」と言っても「いいや、払った覚えがない」「息子(娘)がそんなことに気が回るはずがない」と心配をします



いくら言っても埒があかないときには「今日はサービスです」と言ったり「ポイントが溜まっているので本日は全てポイントを使って『ただ』になります」と言ったりして凌(しの)ぐこともあります



「何故無料なのかに納得すると落ち着く」ので、そこは嘘も方便で乗り切ります







私は職業として介護に関わっている訳ではないので 曖昧な言葉で回避することも可能な立場であります

そんな理由から「けっこう対応に困難なご利用者さんの話を聞く係」を割り当てられることが多いのですが、平凡な人間には想像もつかないような会話が繰り広げられることも少なくありません



優しい労(ねぎら)いの言葉をかけられたり
思いがけず身に余るお褒めの言葉を頂戴したり
逆にこちらが心配されて注意を受けたり

こんなことは普段から観察していなければ出てきませんよ


私達は看ているつもりで
実はじっくり観察されてもいるってことです



直接その方と会話をしなくとも
誰かとの会話から物事を察知したり

立ち居振る舞いや雰囲気をよく見ておられます




で思いがけず褒められた日には
けっこう嬉しさいっぱいで帰って来るのであります


ときには褒められた言葉を真に受けて「もしかしたらそれが私の真の姿かも知れない」などと思い 言われた良い台詞の部分だけを切り取って、ほくほくとしたいい気分になって帰路を急ぐことさえあります








さて今 接している方達の多くは戦争を経験なさっているので「勿体ない」や「ありがたい」や「食べられれば幸せ」などの気持ちが根底にあるようにも思うのです

極端な例ですと「屋根のある寝床で寝られるだけで幸せよ」という人もいるくらいです




これがもう少し先の「戦争を知らない子供達」以降の世代の方達が認知症に突入したら、こんなふうにはいきますまい




まずは権利ということを知っておられる

それから戦前戦中派に比べれば、ある程度はグルメですしね

豊かな時代を経ていますでしょう?

理屈も通してきたでしょうし

主義主張もあり

弁の立つ方も多いでしょう

決まった趣味やこだわりを持ち

何より自由を謳歌し出した年代以降の方達です



今の介護の制度に不満が募ることは必至だと思うのです





じわじわと団塊の世代の人達の認知も始まっています

認知症の方と議論すること(そもそも「反論はタブー」とされているので議論しても始まらないのですが、認知であっても論破することがお好きな方もおられますので)は、今でも大変なのですが、人数の多い健康な世代の方達の認知がピークを迎える頃………


まだ見ぬ未来図を想像するだけでも一筋縄ではいかないと思うのです


かく言う自分もすぐ後を追う年代

ひとの心配をしている場合ではないわね
ヽ(;´Д`)ノ






フィリピンでナースの仕事に就いていたという 近所に住む女性の言った言葉がときどき脳裏をかすめます

「フィリピンでは認知症も癌も少ないです」

「だって発祥する前にたいてい死んじゃうので」





健康であってもなくても
長生きすることが幸せとは限らない

勿論、まわりの者の立ち場からだけではなくて
本人にとってもここは大事な問題なのだ



ある健康なご老人に「よく他人から『健康で長生きで良いですね』と言われるけれど、良いことばかりじゃないわよ」「百歳に近くまで生きて子供に先立たれて、知った人も順送りに亡くなり、とうとう自分一人になってしまって淋しいもの」「いったい長生きの何がめでたいと言うのでしょうか」と嘆かれたことがありました




それは当然
不健康よりは健康の方がいいに決まってますけれど
「長生きにもほどがある」ということを仰りたかったのでしょう




言葉に詰まる場面でしたよ




生きることは難しい

おそらく死ぬことよりも何倍も困難なのだろうとは思う