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音楽プロデューサー岡田直樹Official Blog

先日、私の高校時代の恩師である加藤貞子先生が倒れられたと聴きました。


私が音楽を始めた時、岡田家は祖父母との同居を無理矢理解消し、マンションを購入し、さらに弟は声楽、妹はヴァイオリンをやってたため、私は声楽のレッスン以外は独学でやれ!と言われてました。


なので、声楽を始めてから、急に学校の練習室を借り始めたので加藤先生に

「あなた、ピアノは誰に習ってるの?」

と聞かれ、

「いや、お金ないんで誰にも…」

と言うと、

「あら、そう。私でよければレッスンしようか?」

「えっ、でもレッスン料払えないですよ(TT)」

というと…

「ここは学校なんだから、無料で見るわよ」


というやり取りがあって、お世話になる事になりました。


始めた当初、私みたいな自由人に真面目でお堅い加藤先生は大丈夫だろうか…とうちの親は言ってましたが、案外、私に足らない事は加藤先生の良さであり、

「あなた、受験というのはね…」

とよく言われてました。


また同時に私の自由な音楽は加藤先生に刺激的だったんじゃないかと思います。

特に高校3年生になって、加藤先生が顧問してた部員3人しかいない合唱部を任され、指導から人集め、選曲など任され、部員を3ヶ月で30人にして、私の指揮で歌う合唱部の伴奏をするのをすごく楽しそうにしてました。


そして私は一年の浪人を経て(1年目は藝大受けてなかったので)、加藤先生の退官のタイミングで東京藝大に合格し、先生方に加藤先生の退官に華を添えたなんて言われてましたね💦



東京に住み始めてからも、連絡取り合ったり、お茶しに行ったり、コンサートはいっぱい来ていただき。 


いつも私のコンサートは島根では聴けない自由で、お客様がいつも笑顔に溢れているコンサートで、先生自身もその雰囲気で演奏してみたかったみたいで、5月のコンサートの時に

「私も歳をとって来たから、そろそろ一緒にやらせてもらわないと弾けなくなっちゃうわ」

と仰られてたので、コロナが落ち着いたらゆっくりと…と思っていた矢先に今回の連絡。


親父も

「状況はわからないが、もう一人で暮らされるとかそういうのは難しいんじゃないか?」

と言ってたから、おそらくもう共演は叶わないんじゃないかと思われる。


私が高校生の時から三姉妹で暮らされてて、近年姉妹を亡くされてお一人だったので、入院されながらコロナだし、息子のように可愛がって戴いた私としては何か可能ならビデオレターとか、先生が寂しくならないようにしてあげたいな…と思ってます。

思うと心配で涙が出てきます。


そう。私はいつでも大事に思っているし、

先生は一人じゃないですからね!


と。。。


本当の親子ですらない純粋な愛情を受けてきたので、悲しくなる事ではなく、最後まで耳で楽しい事を最後まで届けたいなと思います。