僕が初めて沖縄にいった時 何となく物悲しく思えたのは
それがまるで日本の縮図であるかのように アメリカに囲まれていたからです

とはいえ2006年、夏の沖縄は、Tシャツが体にへばりつくような暑さで
憂鬱なことは全部夜の海に脱ぎ捨てて 適当に二、三発の恋もしました


ミンミン ミンミンと蝉が鳴いていたのは 歓喜の歌かそれとも嘆きのブルースか、
もはや知るすべはないがあの蝉の声に似たような 泣き笑いの歌を奏で僕らは進むのです。

いろんな街を歩き いろんな人に出会い 口にした「さようなら」は数しれず
そして今想うことは 大胆にも想うことは
あぁ もっともっと誰かを愛したい

酒の味を覚え始めてからは いろんなモノを飲み歩きもしました
そして世界一のお酒を見つけました それは、『必死で働いた後の酒』です




戦後の日本を支えた物の正体が 何となく透けて見えるこの頃は
平和とは自由とは何か 国家とは家族とは何か 柄にもなく考えたりもしています

生まれた場所を離れ 夢からも遠くそれて あぁ僕はどこへ辿り着くのだろう

<a href="http://jpop.yinyueabc.com/Mr.children/1999%E5%B9%B4%E3%80%81%E5%A4%8F%E3%80%81%E6%B2%96%E7%B8%84/">1999年、夏、沖縄 歌詞 <a>
<a href="http://www.yinyueabc.com">音樂 ABC <a>


今日も電車に揺られ 車窓に映る顔は
そうほんのちょっとくたびれているけれど



神は我等を救い賜うのでしょうか それとも科学がそれに代わるのでしょうか
永遠でありたいと思うのは野暮でしょうか 全能でありたいと願うのはエゴでしょうか




時の流れは速く もう21なのだけれど 僕に何が残せると言うのだろう


変わっていったモノと 今だ変わらぬモノが
良くも悪くもいっぱいあるけれど

そして2006年夏の沖縄で 取りあえず僕の旅もまた終わり
愛する人たちと 愛してくれた人たちと 世界一の酒を飲み交わしたのです



最後の曲が終わり 音がなり止んだ時 僕はそこで何を思ったのだろう



選んだ路とはいえ 時に険しくもあリ
些細な事で僕は泣き笑う



いろんな街を歩き いろんな人に出会う これからだってそれはそうなんだけど。


そして今想うことは たった一つ想うことは

いつかまたこの街で歌いたい
きっとまたあの街でも歌いたい

そしてみんなにこの歌を聞かせたい







っていうスーパー黄昏モード。







ヒップホップな感じの言葉

「チェケラ!」

ってやつ、あれは

「Check it out!」なんですよね。

そう考えると

『ああ、やっぱりヒップホップはアメリカ発祥だわ。』

って思います。



だから何だって言われたらそれまでなんですけど

アメリカ英語はTを少しRとかLっぽく発音するんです。

イギリス人はそれをだらしないと言って嫌うらしいですがそれは置いといて。


だから

「Party」も「パーリィ」って言うし

「Spaghetti」も「スパゲリィ」って言いますよね。


もしヒップホップがイギリス発祥だったら「チェケタ!」

になってたんですね。


そうなると息子に

チェケ太 なんて名前を付けたりする日本のヒップホッパーが激増してたんじゃないかって考えると

ほんとにアメリカ発祥でよかったと思えますね。




発祥地って大事で、例えば演歌が英語圏のものだったら

「こぶしが効いてるねぇ~」っていう風流な言葉も

「ナイスナックル!フー!」とかで片付けられてたかもしれないですし。




タイミング的にラゾーナのレポかと思わせといて

一切アイドル関係ない記事でした。









初めて記事書くお。


言っても何書けばいいかわからんし、どうせ現場レポみたいになんのかな、とか思ってますが。

ふむ。




こないだの事でも書きますか。




12月23日。

この日は始発の新幹線で福岡に行く予定だったにも関わらず10時起床。

この時点で1部干し確定。

急いで新幹線に乗り込むも、乗り換え駅を寝過ごしてしまい二部遅刻濃厚に。

ツイッターでハイタッチの情報が入って来てグギりながらもまあ結局ギリで間に合ったんですけど。


そんで博多駅からバスに乗ってZepp前のバス停に到着しまして。

そこからダッシュでまりなーにゃさんの元へ。

スタダ祭のチケットお渡しを終えまして、いざ会場へ。

内容は正直あんま覚えてません。

ただ、みんな可愛かった。瑞季天使だった。


一部がハイタッチ会だったなら二部はキス会ぐらい軽くあるだろーとか意気込んでたら普通にハイタッチ回でした。

残念でs(ry


公演終わってファミリー7人で飲み→始発までカラオケ。

ドルカラって楽しいよね。

ケチャされながらソロで歌うのって気持ちいいよね。


で、5時くらいにカラオケ出て博多駅に行きました。


そこで西宮行きの新幹線の時間調べてたら、若い女の子の集団が登場しまして。

最初は全然気にも留めてなかったんですけど、その集団の中に一人、やたら蛍光色の服着た子がいたんですね。

「あー。ぁぃぁぃっぽい服装だなー。」

とか思ってたら、その子とは別のちっちゃい女の子が

「ねぇー!真山ー!」

って言ってるのが聞こえてきました。


エビ中でした。

震えました。ああいう時ってどうしていいかわかんなくなりますね。

握手してください!って言おうと思ったけど迷惑だろうし、そもそも声かけるのも何か怖い…。いや、校長の威圧感尋常じゃないし。

あたふたしてたら新幹線の時間が来たんで、結局手を振るだけにしてエビ中とお別れしました。


りななんと美怜がすごい笑顔で手振ってくれました。

無視しないで瑞季・・・。





まあでも西宮でまた会えるからいいや。って気を取り直して新幹線へ。


またやらかしました。

新神戸で降りるつもりが寝過ごしました。


おかげで1時間のタイムロス。

エビ中券売り切れのお知らせ。


いや、寝過ごした俺が悪いけど!悪いけどおおおぉぉぉぉ!!!!!

代行頼めばよかったああああ!!


そんな悲痛な叫びって誰にも届かないものでして。

結局無銭エリアでそこそこ楽しくライブ見ました。

しかも曲少ないし。


ぐぬぬ……ってなりながらダメ元で

エビ中券探してます

ってツイートしたら、2枚お譲りしますよ、って連絡くれた方がいまして!

いっつも2s写真見てほんわかさせてもらってたコットンさんだったんですけど!

二重に興奮しました。


コットンさん、すごいいい人でした。ファンとして、じゃなくて人間として。

ああいう人になりたいなって思いました。


おかげで無事に2sも取れまして。


不甲斐ない自分を不甲斐ないと思えません。


満足なイブを過ごせました。

この瑞季好き。



ちなみに西宮では、メルとはるとカイジさんが一緒にいてくれました。

何か途中でまささんも来たけど、この人はほんとに何をしに来たのかわかんない。







25日は元々行く気もそんなになかったんですけど

インフルになっちゃったんで、お台場は干しました。

俺の中では多分忘れられないパーカー事件が勃発するのもこの辺のお話。かっこわらい。

俺あれなんで。パーカー界隈みたいなんで。


みなさん、仲良くしてください。

せめて俺とだけでも!(切実)


そんなことはいいとして

初ブログなもので、ブログの締め方がわからないです。

どうしたらいいでしょうかね。





しーらないっ。

おーわりっ。




P.S.

これ俺多分、たまーに日常のどうでもいいことも書くと思います。