私は点心が好きです。

麺点心師が小麦を自由に操って、麺や点心をつくっていくさまがかっこいいと思っています。

今日は、その点心の最高峰ともいえる本のひとつをご紹介します。

 

タイトルは「中国料理の演出 点心と小菜」

大阪あべの辻調理師専門学校 松本秀夫・吉岡勝美 共著

鎌倉書房 発行

1983年初版発行 

当時の定価が5800円です。

古い本ではありますが、この本は検索すれば図書館にきっとあると思います。

私は自分の町の図書館で借りました。

約200点にのぼる、本場香港の点心のカラー写真と、その作り方が白黒写真入りの説明で紹介されています。

 

まず、この本が作れた背景として、当時、料理を志す人ならその名を知らない人はいない、大阪あべの辻調理師専門学校の校長であられた辻静雄氏の奮闘がありました。

彼の本を何冊か拝読させていただいているのですが、日本がまだ外国の料理を直接学ぶ機会があまりなかった時代に、直接現地で食事をし、直接現地で学ぶことの大切さを痛感し、日本人のために奔走された方だと認識しています。

そして、当時の香港の社交界のトップクラスの方が利用されるジョッキークラブという会の中国料理長を務められていた梁敬先生が経営していた敬賓酒家に、この辻先生があらゆる方面からの接触をはかり、吉岡先生がこの名店で半年の研鑽をつむこととなるのです。

母国語でない国で、プロの料理人がものすごい勢いで働いている客席約500席の店に、働きに行き、この本を作るだけの技術を身に着け、また、秘伝中の秘伝の点心のレシピを手に入れてきたことは、本当にすごいことだと思います。

これは、ひとえに、辻先生や松本先生、吉岡先生の真摯な姿勢と師との心のつながりがなければ、かなわなかったことだと思います。

なぜなら、もともと料理人の道は、師匠から自分の目と舌で盗むものであり、手取り足取り教えてもらえる世界ではなかったし、ことに点心師というのはどこに行っても雇ってもらえる、魔法の技術であるから、簡単に他人にその技を教えるわけにはいかない。その高度な技を知る人が多くなればなるほど、点心師の給与価値が変ってきてしまうからです。

そんな貴重な技術をたった半年でこれだけの本にするほど学んでこれたのは、並大抵のことではないと思います。

 

そして、この本には当時の香港の点心の味が満載に載っています。

現代の中華では肉汁をだすために、肉に水をまぜたり、ゼリーをまぜたりすることも、多々あるように思うのですが、このころはヘルシーさより、味が重視。豚の背脂をたっぷりとまぜこんで、熱でとろかせて、肉汁にするという手法が主流だったようです。

シュウマイも1キロの餡のうち、200グラムは背脂というあたり、正統的なシュウマイとなっていて、作ってみるとこれに勝る味はないと思うのです。

そして、ここまで読まれた方は「この本がほしい!」と思われることと思います。

安心してください。

この本のシュウマイとほとんど同じレシピの本があります。

おなじく、吉岡先生の本の「新しい中国点心」です。

「新しい中国点心ー生地からわかる基本とバリエーション」

辻調理師専門学校監修 吉岡勝美 著

柴田書店 発行

本体6200円+税

こちらの本はさきほどの本の内容に加え更に詳しい説明と、新しい点心なども網羅されています。書店でもオンラインでも買うことができます。

点心に挑戦するとき、ここまで詳しい本を、いまだみたことがないです。

 

この「新しい中国点心」というすばらしい本の背景に、約40年ほどまえの日本の熱い料理人たちの挑戦があったことを、「点心と小菜」は示しています。

そして、表紙のカバーを折り込んだところに、開高健の言葉がのっています。

彼の言葉のなかに、「香港の名菜館中の名菜館で汗と脂、文火(とろび)と武火(つよび)にまみれて修行してきた。その和魂漢才の精華をこの一冊に網羅し、結晶させた」という一節があります。

両国の情熱の精華の本。それがそれまで秘密だった点心の作り方を日本人に伝えたのでした。

この本が完成してから、その後、どれだけ多くの日本の点心師を育てていったのか、ロマンのある一冊だと思っています。