みなさん、こんにちは。
誰にとっても最良の一日を実現する、障害者シェアハウスサークルです。
昨日、坂の途中、車椅子の人とすれちがいました。
その人は手の力だけでタイヤを動かし坂を登っていました。
私は、ここぞとばかりに
「あの…平らな所まででも、車椅子を押しましょうか?」
と言いました。
すると相手の人は怪訝そうな顔で
「え?」
「平らな所までまででも押した方が楽じゃないですか?私、押しますよ」
すると…こう言われた
「家はもうすぐそこなんで放っておいてください」
「声かけてくれない方がありがたいです」
…………
…
私は、やっちまったと思いました。
それは、車椅子を押すのを拒否されたことにではなく、
力になりたいと思うのと同時に
ほとんど無意識にではあるけれど
自分はきっと感謝されるであろうと少しは期待していて、
それに気づかされた。
要は自分のエゴをその人に見抜かれたようで
…恥ずかしかった。
「障害者も健常者も変わりません」
と言っておきながら、
「かわいそうな人に手を貸す、すてきな自分」
をやっていたようです。
ただ、坂道を車椅子で登ることは相当大変です。
「押しましょうか?」
「持ちましょうか?」
感謝の見返りを求めず声掛けはしていきたいと考えました。
~編集後記~
私の友人にも車椅子の人がいますが
手を貸すことはしません。
それは、彼がどの程度までならできるのかを知っているからです。
見ず知らずの人の場合、程度が分からないから難しいところですが
一般的に困っていそうな場面だと声をかけることにします。
よけいなおせっかいでも10人に一人くらいは本当に困っているでしょうから
今日も、最後まで読んでいただきありがとうございます。