レム睡眠とうつつな深夜のバス移動は、早朝に到着した新宿駅の西周辺で終了した。
終了であり、1日の始まりでもある早朝5時45分。
思いのほか肌寒い朝である。
到着後すぐに行こうと決めていたレディースサウナをめざすべく、駅方面への移動を開始。
方向音痴な上に知らない通りで降ろされてしまってはいたが、旅慣れている感じを出したいという、
なんとも小さな見栄をはりたいものだから、バスから足早に離れてゆく乗客達の向かう後を、
何食わぬ顔をし、さも知っておりますよという雰囲気を醸しつつ追いかけた。
駅の場所さえわかれば、事前にGoogleマップとアースを併用して入念に調べておいた道順を
思い出しながら進むだけ。
スマートフォンを所持していないので、自らの記憶だけを頼りに、ここからは誰の先導もないまま
その場所を目指す。
web上の写真とは雰囲気の違う早朝の街。
都会の移り変わりは激しいもので、店舗や看板の変化が見られる。
眠らない街と言われ、夜を支配していた歓楽街も朝には主導権を譲るらしく、
閉店と共に消された活気もろとも、いまや兵達の夢の後のと化している。
所々に濡れているアスファルトからは鼻をつくいやな臭いが漂い、
玉虫色な光沢のスーツを着込んだ派手な髪型の男性たちと幾人かすれ違った。
路上でたむろする大量の鳩や烏をよけ、同じく路端に座り込む人々のうつろな目も避けながら、
目印にしていた看板を発見しては安堵して、ようやくレディースサウナに到着した。
料金を先払いして館内着とタオル類、ロッカー鍵を受け取る。
風呂場や仮眠所など各所の説明を受け、大きい荷物預かりには別途料金を戴きますと言われたので、
細長く狭いロッカーに荷物を小分けにして押し込んだ。
それでは風呂へ、とは行かずに仮眠室へ。
記憶の地図との照合で頭をフル回転させており、興奮気味になってる状態をまずは休ませる必要があると考えたからだ。
ひとり分を低い仕切りで区切った寝床には、眠りについた人々が静かに横たわっている。
残りわずかな空き寝床を探し、できるだけシーツのよれがない場所を選んだ。
お風呂と身支度の時間を考慮し、振動設定にした携帯タイマーをかけて横になる。
全く眠気を感じない緊張感から開放された途端に身体が軽くなってゆき、
いつのまにか眠りに誘われていたようだ。
あの紙の音がするまでは。
乾いた紙を手早く擦りながらめくる音で、目が醒めた。
真横でもなく、かといって遠くでもない右側からの音は、止んだかと思うとまためくり出し、
わざと眠りを妨げるようにしているような意図的にも思える間と、継続を繰り返す。
普段なら気にも止めないような音なのだが、いびきすら聞こえて来ない静かな仮眠室では
ただの騒音でしかない。
もしかすると、小豆研ぎのような妖怪的なものが奏でる音が私にだけ聞こえているのだろうか、
そうだとすると、大変迷惑な話ではないかと憤慨しかけて、本来妖怪とはそういうものであり、
そんなものに、いちいち構ってちゃ思うつぼじゃないかと思考がめぐる。
とはいえ安眠妨害をされた不快感と、それでも目覚まし機能をセットした時間までは寝ているぞという決意とが私の中で戦う形を取り、安らぎを保証されていたはずの部屋で精神を不健康にしてゆくという矛盾に耐える。
いや、まて。
無駄な戦いに挑み、耐え忍ぶ必要があるだろうか。
いや、ない。
セットした目覚ましが鳴る前に眠るのを切り上げて、起き上がった。
音のする方向には、うつぶせの体勢でスケジュール帳を乱暴にめくり、
海外のティーンエイジドラマでよく見かけるマイルームのベッドでくつろぐ女子高生のように
両足を交互にパタパタと動かす女性が居た。
小豆研ぎのような妖怪沙汰ではなく人間である実態を掴み、無神経にも一方的に挑まれている勝負を無言のまま受けて立ち、耐え忍んでいる周辺の方々に気がついた。
不毛な勝負が続く中そそくさと戦線離脱を決め込み、兵達に背を向けて、ひとり風呂へ向かった。
