閉店時間が迫り、値引きされた小鰯がパックに詰められて並んでいた。
小さな鰯を見つけたら炊くべしということで、1パック購入。
一晩寝かせた方が美味しくなることは知っていたので、明晩のご飯にと献立てた。
無沙汰は無事の便りと決め込んで長らく連絡をしていなかったが、
美味なる調理方法のコツを口実に、気恥ずかしさを隠して実家の母に電話を掛ける。
開口一番に、最近はどうですかと体調について聞いてくるのが母の常套句で、
こちらはその元気そうな声に安堵してしまい、敢えて何も聞かないままに、
早速、小鰯の調理方法を尋ねてみる。
一言一句、余すところなくメモを取り、今度はいつ頃帰ってくるのかという質問に、
曖昧な返事をして電話を切った。
食後の満腹感で眠気にじわじわと襲われ始めたが、値引きされ新鮮さを失った小鰯を調理もせずに冷蔵庫で保存するも心配になり、気を持ち直して真夜中の台所で料理を始める。
まずは小鯵の下処理から。
小ぶりなので包丁は使わずに頭部を手でちぎり、空いた部分から指をすべらせて腹を割きながら、
はらわたを出す。
意外に簡単な作業で苦心することもなく処理を終えたが、頭部を捥ぐ途中で鰯と目があうたびに、
昔飼っていた金魚のことを思い出して、あやうくシンクに落としそうになる。
すべての魚の下処理が終了する頃、いまや生ゴミとなった頭部やはらわたが入った透明なビニール袋からは、あちこちを向いた幾つもの曇った目玉が生臭いにおいを放っていた。
生き物を戴くということは。
海の中ではこの魚たちのおとむらいがあったか否か、金子みすゞの詩を思い出して、
知りもしない小鰯の生前の姿を想像し、食欲が失せてしまいそうになるのを堪え、
心を無にしなが調理続行。
毎回感傷的になるわけではないが真夜中の台所がそうさせるのか、母の声を聞いたせいなのか、
蛍光灯に照らされる濡れた鰯の腹を見ながら、美味しく戴きますと一礼をした。
下処理をしながら湧かしていた鍋の湯に、とぷんと鰯を入れて湯通しをする。
すぐさま笊にあげてから鍋に再び水をはり、今度は出汁作り。
正月に実家で分けてもらった利尻昆布と粉末かつおだしを入れ、旨味が出てくるまでコトコト煮る。
鰹節で出汁をとれば旨味も変わってくるのかもしれないが、食へのこだわりと経済事情は反比例していることもあり、贅沢はできない。
お砂糖かみりんのどちらかを入れるとのことであったので、残りわずかなみりんを使い切った。
お醤油は少なめに入れる。
炊く間におのづと味が濃くなるので、味加減が大切だ。
いよいよ鰯、梅干し、刻んだ生姜を一緒にいれ、落としぶたをして弱火に。
生姜はチューブのものがあるので、それを入れても何も問題はない。
小骨も一緒に食べられるくらい鰯に火が通ったら、さめるまで待って冷蔵庫へ。
すぐに食べず、こうして一日寝かせると味が魚に染み込んで美味しいのだ。
明日は、ほかほかご飯と一緒に食べよう。
小鰯なのにタイタンとは、これいかに。
