あと数日で終了という日に、ティム・バートン展に出掛けて観る。
私のような駆け込み観覧が多いのか、当日券を求める列が長蛇していた。
わりといいお値段を取る展覧会であるにも関わらず、陰ながら応援しています
という類いの方々なのだろうか、これほど多くのお洒落系女性ファンが居たのかと驚いた。
普段私が出会うファンといえば、瞳孔開きっぱなしの状態でティムについて熱弁をふるい、
口角に泡を貯め、音声調整が出来なくなる輩ばかり。
マニアックな部類に入る映画監督だと思っていたが、常連起用役者のジョニー効果で、
このような恩恵を受けているのかもしれないぞと考えているうちに、後ろにも人が並び出し、
私も長蛇の一員となってチケットを購入した。
入場口からすでにお客でごった返しているので、最初の展示作品までの到達は険しそうだ。
超低速ベルトコンベアの流れに乗って牛歩で徐々に近づき、最初に見ることを許された作品は、
レストランなどで口を拭う小さな紙に描かれた落書きだった。
いままで手掛けた映画の片鱗が伺える独特の可愛らしさを放つイラストの数々。
有名になれば、どのようなものにも付加価値がつくようで、このナフキンたちも作品として額に入れられ、お金を出した私たちが、ありがたがって観る存在になれるのだ。
捨てる紙あれば拾ろう紙、否、拾われた紙たちを披露しているわけだが、
この作品の前を通り過ぎるまでに、いつもペンは持ち歩いてるんだな、
このレストランとバーにはよく通ってるんだなといった、紙に印刷されている手がかりから
名探偵を気取り、有名人の素行調査を脳内で繰り広げ、イラストだけではなく彼の日常までをも
想像し、溝ができるくらいのすり足を繰り返した。
「この展覧会は順路がございません、空いている所からご覧下さい」
係員たちが声をあげ始めたところで、牛歩コンベアから離脱。
点在する僅かな隙間をこしらえた作品のもとへ、蜜蜂のごとく移送を繰り返しはしたが、
展示テーマに添って区分けされた範囲は守って進んだ。
映画のイメージボードや、実際採用されているシーンの原画、学生時代に描いた習作や
短編アニメーション、作品の登場人物たちのフィギュアなどが展示されている。
流れに身をまかせた牛歩から逃れられない者、迅速な移動を繰り返す者とが混在する会場は、
カオスとなり多くの客が個々に吐き出す二酸化炭素で満ち満ちていた。
アニメや実写、絵本までも手掛ける彼の世界観を反映させた特殊な色の壁紙、
渦をメインアイコンに据えた装飾、お洒落な女性達から立込める様々な香り、
鼻息あらく作品を見つめる男の汗ばんだ臭い、それらすべてが纏わり付き、
移動すれども逃れられない。
映像作品を壁へ投影するコーナーまでなんとか辿り着き、足を止めた。
この場所だけ薄暗く、数本の短編作品がエンドレスに流れている。
4本ほどの短編を見た辺りだろうか、闇に立つ群衆の間から覗くように見ていた眼前が、
急な白靄でいっぱいになり、これは例のあれがくるなと予期した私は、
人混みから係員を見つけ出して椅子はないかと尋ねた。
酸素欠乏による貧血だった。
パーテーションで区切られたような狭い会場である。
休憩できるような椅子は一切設置していないとのことだったが、係員同士が互いに目配せをし、
迅速な対応で関係者以外は入れない裏へ案内をされた。
裏の世界には、壁際に椅子が5脚ほど並べられ、担架や車椅子まで用意されている。
担架で寝ることを勧められたが、ここで横になるとかなりの大事になりそうな、
どうしよう医者呼ぶべきか、責任者を連れてくるべきかと目を泳がせる心配ぶりであったため、
係員の気遣いに感謝を述べ、椅子を選んで矢吹丈の試合後を彷彿とさせる姿で休んだ。
どれくらい白い灰になっていたのか、いつのまに入れ替わったのか、
別の係員がペットボトルの水を手渡してくれた。
ご迷惑をお掛けしているにも関わらず、ありがたい限りです。
少しずつ、体内に水を行き渡らせ、ゆっくりとではあるが、早くあの人混みに戻らなければ
という焦りが出るまでに恢復してきた。
華やかに見えた展示会場の壁は、裏の世界では単なる塗装のされていない薄いベニア板で、
むき出しの角材がすべての支えとなっている。
まさか、薄い壁を隔てた裏側で、顔色の悪い人間がぽつねんとベニア板を見つめていようとは、
誰も知らない。
