内視鏡検査を受けたのが7月17日。最短で検査結果がわかるのが2週間という事で、その場で31日の一番遅い時間に次の予約を入れて、その日は帰りました。印刷された報告書には、問題のポリープの写真と、ポリープの種類や大きさの記載がありました。そこには「5mm大、臼型の0Ⅱa+cで陥凹部より生検」と書かれています。帰宅後にいろいろ調べてみると、通常のポリープであれば5mmで癌という事はあまりなさそうですが、Ⅱ型のポリープで医師が言うには「見た目が良くない」という事で、悪性である可能性が高そうでした。いずれにせよ2週間経って結果が出なければ、できる事も何もないし、「どうしよう」と考えても何も確定していない段階で考えても意味が無いことなので、しばらくは気にせず、普通に過ごすことにしました。妻に話すと大騒ぎするので、この時点では医師から言われたことには特に触れず、生検の結果が2週間後にわかるとだけ、告げておきました。
この間、ミュージカルを観に行ったり、取引先の若い(と言っても30代前半)の女性たちと飲みに行ったり、そしてこの最中に飼い犬が肝臓癌で亡くなったりと、なぜか普段の2週間以上に様々な事があった中で、生検の結果を聞く日を迎えました。
そして診察室に入ると、すぐに難しい表情で、「結果は悪性でした。外科的な手術が必要になると思うので紹介状を書きますから、手術ができる病院を受診してください」と言われたのでした。時間にして2、3分。特に詳しい説明もされず、「どこの病院にしますか?」とだけ、聞かれたのでした。
「悪性、ということは、癌ということだよね」と理解しつつも、イマイチ、理解が追い付かないところでしたが、すぐに病院を決める必要があり、去年、妻が内視鏡検査を受けた地元の市の総合病院宛に紹介状を書いてもらうことにしました。後で知ったのですが、この病院の外科部長の方が、実は大腸癌の専門医のかなり著名な先生で、本来だと大学病院などに勤務している先生なのですが、事情があってこの時、市民病院に勤務していたという事で、幸運にもこの先生に主治医になってもらえました。この市民病院は、子供たちが小さかった頃、よく夜中に夜間外来でお世話になったり、何度か入院したこともあって、きれいでスタッフの方も感じが良かった記憶があったので咄嗟に選んだのですが、結果的には良い選択になりました。
帰宅して、妻にはどうやら癌らしいという事、早期発見だから大事にはならないと思うという事、翌週に市民病院を受診するつもりだという事を、伝えました。実はこの市民病院の消化器内科には妻の知人の方が看護師として勤務していて、早速、連絡をとっていろいろ聞いたようで、ポリープが大きくないなら心配しなくても大丈夫では無いかと聞いて、多少は安心できたようでした。
癌の告知って、こんなんなの?
実は僕は今回、一連の検査から治療の中で、ほとんど明確に癌としての説明を受けていません。と言うのは、上に書いたみたいに、最初に検査を受けたクリニックでは、とてもあっさり生検の結果だけを告げられ、次に受診した市民病院では、おそらく、クリニックで説明を受けている、という前提で診察が進んでいたからなのです。
僕が子供のころ、つまり昭和の時代は、癌と言えば「不治の病」で、「癌の告知=余命の告知」という印象でした。TVのドラマでも良く癌の告知シーンは出てきて、それはこのイラストのようなイメージです。
ドリフのコントでも、良く癌の告知シーンは出てきたように記憶していますし、子供たちの間でも「あなたは癌です。ガーン。」というのはお決まりのダジャレでした。今思えば、不謹慎な事で、令和の時代ではコンプライアンスにも引っかかると思いますが、逆に考えれば、それくらい、どうしようもない病気だったということなのでしょう。
そういう意味では、癌という病気が「治る病気」に変わり、癌かどうかよりも、その癌がどういう状態か、ということの方が大事な事になった、という事なのかもしれないです。


