ニィニィ達からクリスマス・イブの招待のメールが届いた。

ビールとカニ、そしてケーキを差し入れするから無理しないようにと返事した。



乾杯をして、おしゃべりをして、料理を食べ、たちまち時間がたった。

クリスマスバージョンのシフォンケーキ。

私が作ればよかったけど・・・・・手抜きして買った。

ニィニィ達にも3コインの店で仕入れた小さなクリスマスツリー。

小さなディスプレイを飾るには精神統一しなければ・・・・。仲良く二人で飾り付けたのだろう。

ありがとうね。

来年も、又、皆で過ごせますように。

日の暮れが早い今の時期、玄関前に可愛いイルミネーション付きのクリスマスのデコレーションを飾り付ける家があったりして。はは~~~ん、お孫ちゃんでも生まれたのかな、なんて想像したりして。

小さな子供のいない我が家でも2~3年前くらいからひそかに楽しんでいる。

100円ショップや3コインの店で可愛い物を少しずつ仕入れているわけ。

中にはこんなに手が込んでいるのに100円。信じられな~~い ってものもある。

もちろん日本製ではないけど、一つ一つ手作業で作った感じがたまらない。

↓ はヨーロッパのクリスマスマーケットでお土産で買ったキャンドル立て。

これと同じようなものが100円ショップにあるのを見つけた時はちょっとばかりショックだったけど~~~。



クリスマス用のランチョンマットは壁に。

金属製の黒い雪だるまはキャンドルの置き場になって、隙間からキャンドルの火が見えるのも楽しいかな。

カーテンに星の飾りをぶら下げてピンクの星はアクセント!!

我が家の小さなクリスマスグッズ、邪魔にならないし費用もかからない。毎年こうして気にいった物を少しずつ増やしている年ので、年金暮らしにぴったり。(笑)


いよいよ、年末ですが、我が家は特にあわただしくもなく平穏に年末を過ごしています。

風邪やインフルエンザがはやる季節です。皆さま、お元気でお過ごしくださいませ。

ハハ様も施設に入所して2度目の冬を迎えた。

大腿骨の骨折をするまでは、徘徊で13km以上も歩いた土地で保護されて周囲を驚かせたことがあった。

後で、この施設の近くまで来たことが分かり尚更、驚いた。


桜並木の木々もすっかり冬枯れの景色になってしまい物悲しい気分だ。

ハハ様に面会するたびに家に帰りたいとせがまれる。

愚痴でも文句でも話を聞いてあげるだけで落ち着くらしいから私も納得して帰るけど・・・・

無言で淋し気な表情をしている時は私の気分も晴れない。



ハハ様が言った。家族は一緒に暮らすのが一番いいと。

家族って私が聞くと、私や自分の父親や兄妹の名前を言う。

孫の名前は分からないし、自分の夫の事さえ忘れている。

「私はあの人と余り縁がなくて一緒に住んだのは短い間だから・・・・。』なんて言って忘れたことを理由づけしている。

父は62歳で亡くなり私が30歳の頃だったから少なくても30年は暮らした人なのに、父の記憶は母からすっかり消えているは何故だろう。

私の手をとり、「お母さんには本当に苦労をかけてしまった。お母さんがいなくなったら私は生きていけない・・・・。』なんてしおらしい事を言うときがある。

ハハ様が言う、お母さんって私の事。娘をずっとお母さんと呼んでいるけど、これって私の事を本当にわかっているのかしら??と思う。

施設の帰り道、川の向こう岸にシロサギが数羽。親子かしら?

家族で片寄せながら仲良く暮らしているように見えた。






山芋を頂いた。余りに立派だから計測した。

65cmもの長さがあった。ビックリ。味も良かった。

これらの野菜もかなり大きくて立派。

野菜つくりの師匠が作ったもので購入してきた。

もちろんスーパーで買うより安い。肥料も有機肥料で土が肥えているから味が良い。

ちょっと寒い午後、施設のハハ様は家に帰りたいと駄々をこねた。

せめて一泊くらい連れて帰りたいけど・・・・

色々なことが心配でムリ。

それではちょっと外の空気に触れさせてあげようと車いすに乗せて外に出た。

タオルやショールで覆って雪だるまのようだと看護士さんが笑っていた。

 

外に出て少し経つと寒い、寒いと言いだしたのでそれを口実に施設に戻った。

 

 

今の時期はすぐに日が暮れる。すでに暗くなった道を振り返り振り返り家路についた。

施設の方角に大きな月があって、私たちを見送っているハハ様のように感じる月だった。

 

1年で一番月が大きく見える満月の夜だった。

 





 

ハハ様が待つ施設まで広大な見沼の大地を歩くことにした。

天気がが良い日はウォーキングに最適だ。

途中で立ち寄るこの場所のトイレ。近くに野球場などがあり、市立病院にも近い。

中に入りドアのノブをひっぱたらいきなりノブが外れた。

引っ張った勢いでドアは閉まって、内側から開けようとしても開かない。

閉所恐怖症のパニック症候群に陥ったことのある私は焦る。

落ち着いて落ち着いて・・・・スマホも持っているし外で待つオットット様に連絡は出来るから・・・と自分に言って、落ち着かせた。

 

はずれたノブを元の穴に差し込んで回したら、簡単にドアは開いた。

ホッとした。なんということなかった。

ちなみにノブを外したまま閉めたら外側からも開かない。

 

 

このトイレ、ノブを元のように納められない子供や老人が私のようになったら・・・・・

考えるだけで怖い~~~~~トイレの話。

 

管理している場所に連絡しようっと。

 

 

 

今年の10月、変。まともに紅葉も観賞していないのに寒くていきなり冬になってしまったような気分。

今週末も又、台風がやってくるようで週末は荒れそう。

たった1日の晴れ間、山に・・・・一泊したいけど荒れた天気の遭遇したら怖いし・・・

というわけで近場の慣れた山歩きに決めた。

 

 

 

9:45 武蔵横手出発

登山入り口は駅のそば。せせらぎの流れる杉林の林道を歩く。

 

10:15 五常の滝 着

五常とは『仁義礼智信』という五つの徳目を意味していて孔子、孟子、董仲舒などの儒学者の教えだそう。日本にもこの教えは広まった。詳しくは画像を読んでね。

今の世界の状態から特に中国からは想像も出来ない精神文化があったのだと思う。中国はいつから変わってしまったのでしょうねぇ~~。

 

11:20 北向き地蔵 着

 

そばに可愛い花が咲いていた。

 

12:00 物見山 着

標高375m 山頂は広くない。休憩できるイスとテーブルがある。山歩きのシニアが多いのは、歩きやすい山道だから。

昼食 日陰にいると汗をかいた体が冷えて来た。15分くらいで日和田山方面に。

 

こんな小さな子供たちがいっぱい。幼稚園の年長さんは日和田さんの男坂を登って来たそう。年下の子たちは女坂から。

ここの広場で休憩をして遊んでいた。小さな子たちでも登れるのだと感激したり、自分の年齢が気になったりで複雑。

 

 

日和田山の山頂に向かうルートには岩場があって、岩場の練習になる。 

 

 

13:20 日和田山 山頂

 

巾着田がよく見える。

14:00 日和田山 登山口 着

 

巾着田方面に歩く。花のない巾着田。

 

14:30 ドレミファ橋を渡って高麗峠方面に歩く。

ドレミファ橋は水量が多くて時々、水が橋にかかる。そんな中白いドレスを来た人が川の中に??

撮影みたいだったけど、ちょっと変? さむいだろうなぁ~~。

ゴルフ練習所近くの山道はネットの中を歩く。閉所恐怖症気味の私は嫌いな場所でチョー長く感じるけど20分くらいかな。

目的の日帰り温泉、喜楽里の湯(キラリ)には宮沢湖を通って行くのが最短だけど、現在工事中で通行禁止。ちょっと遠周りで茶畑などのある里を歩いて県道に出る。

 

 

スマホの歩数アプリが27000歩を超えていた。宮沢湖畔の工事中で日帰り温泉まで遠回りしたから以前より歩いた。

 


 

山歩き後記

何回も行っている山だ。画像に時間を入れておくと以前の歩き方と比較出来るのでとても便利だと思うので、山歩きは特に時間を入れることにしている。

喜楽里の湯からバスで飯能に行き、西武線、JR武蔵野線などを利用して帰宅した。途中駅で夕食を食べたり、お気楽な山歩きが出来た。日帰り温泉は、幼児連れは利用が出来ない。何回かここを利用しているが納得した。他の日帰り温泉と比較すると大人の雰囲気がするのはそういうわけだったのだと。ちょうどプレミアムフライデーで入場料が割引でラッキーだった。

 

日和田山~物見山~高麗峠  2017-04-20 | 山歩き

 
 

物見山~日和田山~高麗峠越え  2015-10-08 | 山歩き

 

 

 

 

 

 

ちっち猫、寒くて…寒くて、とうとうここに登った。

 

エアコンの吹き出しがある冷蔵庫の上。

ここにはめったに登らないけど10月だと言うのに寒い!!

 

体がまだ、寒さに慣れないからか・・・・・

ちっちも年を取ったからか・・・・・寒くて寒くて・・・・

 

『あたちのこと言ってるのかしら?』

 

うとうとと気持ちよさそうに・・・・・

 

爆睡中!!

爆睡中!!

 

 

動物嫌いの人から顰蹙をかいそうだけど、

我が家ではどうしても許せないこと以外は多めに見ている。

 

ちっち、テーブルには登らない。人の食べ物は食べない。

意外といい子です。

 

 

 

 

下の箸は我が家で使っている菜箸で、上のはごく普通にある竹製のもので頻繁に交換している。

真ん中は、40年くらい使っているもので長さが普通の箸(下)ほどになってしまった。持った時の感触が良くて処分できずにずっと使っている。この箸で家族の料理を毎日作ったり子供たちのお弁当を作った。



 

左の包丁も、40年近く使用しているので刃が半分くらいに細くなってしまっているけど使い安くて放せない。菜切り包丁と一緒に亡き父が地方転勤の時に私に贈ってくれたもの。

右から2番目はオットット様が料理をしてくれるようになって、彼の要望で買い替えたもので切れ味が良すぎて使うのが怖いくらいだったが、今は慣れてきた。

右のはハハ様が使用していた包丁で、父が私にくれたと同時期に母にプレゼントしたもの。

ハハ様の包丁はほとんど刃が減っていないから、これからもいかにハハ様が料理つくりが嫌いだったか分かる。(笑)

ニィニィが、包丁を研いでくれたので、さらに使いやすくなった。

そう言えば・・・・オットット様~~包丁を研いでくれたことがない。

 

以前、彼の母親が切れ味の悪い包丁を使って料理している私が可哀想ときれいに研いで帰ったことがあったっけ。

菜箸や包丁にもいろいろと思い出があるものだなと思う。