入所の日、理事長さん自らが迎えてくれて入所手続きに立ち会ってくださった。

ここは、入所された方の住まいですから会いに来るときは、『面会』でなくて『訪問する』と言いますと説明があった。



入所の日は大泣きをして拒否したハハ様も少し慣れてきたようでホッとした。

周囲の人たちとも会話をしている時もあるとのことで安心した。

ちょっと南にずれた東向きの部屋は午前中は朝陽が射し込み明るい。



3時のおやつには手作りのお菓子と飲み物が出る。

この日はフレンチトースト風のパンとココア。

何とかここで幸せを感じて欲しいと祈る私。

先月の21日に病院から介護タクシーを使って施設に入所した。

家に帰れるものと思い込んでいたハハ様は、施設の部屋に入るなり大暴れをした。

『皆で私をだました~~~』と叫びながら泣きわめいていた。そして疲れて眠ってしまった。

その日は夜の8時まで付き添い私もクタクタになった。

施設の介護士やケアマネジャーから

『ここまでよく頑張ってきましたね。これからはここがお母さんのついの住処になりますから、安心してお任せください。』と言われた時は、肩の荷をおろしたような気持ちになって涙も出た。



翌々日に、妹とオットット様の運転で施設に行ってみた。元気ががなさそうに見えた。昨日にベッドから落ちた????と、施設から電話を受けていたので頭でも打ったかしらと心配になった。

 

翌々日、ニィニィの運転で一緒にハハ様に会いに行ったら・・・・・・

ニィニィを見るなり顔がパ~ァっと明るくなった。そしてニィニィの名前を呼んだ。

孫の事、わかるんだぁ~とひとまず安心した。





ハハ様の脳の中は、このニィニィが赤ちゃんだったころのことが一番、残っていて病院にいる時は、

『赤ん坊が待っているのだから、放っておいたらダメだよ。早く世話をしに帰りな。』なんて言い出したり、

『そこに小さな子供が泣いているから面倒をみてやりな。』なんて気持ち悪い事を言ったりもしていた。

ニィニィがこんな大きくなったことは分からないと思っていたけど・・・・会った時、孫を見てとても喜んだので一緒に来てもらって本当に良かった。

相変わらず私の事は、『お母さん、お母さん。』と言っていた。




ハハ様の部屋はちょっと南を向いた東向きの部屋。8畳くらいの部屋にベッド、箪笥、洗面台などがあり、窓からは見沼の田んぼや畑が見える。顔を出せば桜並木も見えて、春には桜の花がきれいに見えるだろう。

歩ければ広い施設の中を自由に行ったり来たりして、隣部屋の人を訪問したりも出来たのに。早くにハハ様にこういった施設で暮らすことを考えていれば良かったかなぁ~とちょっと悔やむ。

10部屋単位のユニットの中心にリビングがあってソファーやテーブルが設置され、テレビを見ている人、本を読んでいる人、手芸をしている人がいた。車椅子に乗って隣町(別のユニットグループの固まり)からハハ様の町に訪問してきている人。いろいろな人がいた。まだしっかりとしている人はこうやって楽しめるのに・・・・・。

ハハ様の入所した2階フロアーは桜区と呼ばれ、1丁目から4丁目まで4つのユニットがある。

その他の階もケヤキ区〇〇丁目などと名前が付いているらしい。会いに来る時は面会でなく訪問と言っていますと理事長さんから説明があった。

 

ハハ様は桜区4丁目に住むことになった。

 

 


 

この辺りの散歩は私が歩くコースの中で一番、好きでよく歩く。

買い物も食事も映画鑑賞も出来る便利な散歩コース。

 

2階部にある広場はバザールやコンサートのイベントがあり、

天気の良い日はこの広場でランチ弁当を食べたり・・・・



一階のコーナーは室内のイベントの会場になる。平日のこの日は何もなく人気がなかった。

今年のクリスマスに向けてのディスプレイも何だか淋し気に思えるのは晩秋のせい?

 

さいたまアリーナでのイベントによって、ここを歩く人の雰囲気ががらりと変わる。

サイケな若者だったり、とても元気な中年だったり・・・・いろいろ。

 

買い物をしてランチをして今日もしっかり1万歩を超えた。

ハハ様の施設入りで、私の日常の流れが変わって時間がためらいがちに流れていく。


 

街はすっかり晩秋の気配が感じられ肌寒く、物悲しい一日だった。



 

思いがけなく施設が早く決まり、入所準備で急に忙しくなった。

持ち込む衣類や持ち物、全てに記名するように指示され夜なべで荷物の用意をした。子供たちの入園や入学の際、同様の事をしたのを思い出す。

そして、私のハハ様も私を育てている時にこうやって文房具やランドセルに名前を書いてくれたのだと思う。



 ハハ様は認知症になってからは私を『お母さん』といつも呼んでいる。

病院で、隣に座った高齢者の方とおしゃべりをしていた。その人が私に言う。

『〇〇さんはいいわねぇ。若いお母さんがいて・・・・。私のお母さんはずっと前に亡くなってしまったから・・・・。』

私、『?????』  まぁ~~いいでしょ。ハハ様の母親同然なんだから。

 

私の妹も言った。

『看護婦さんに、お母さんってどなたですか?と聞かれたわよ。私の姉の事です。と答えたら看護婦さんも笑っていたわ。』

 

ハハ様は私の手をとって、

『お母さんと一緒に家に帰りたい・・・・・。』と半べそで言う時がある。

家に連れて帰ってあげたいけどとても無理。

 

『おばあちゃん、ごめんね。』心の中でハハ様に誤りながら一文字、一文字ハハ様の名前を書いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の好きな散歩コースの一つ。

自転車を30分くらい走らせると用水の流れるのどかな風景の広がる場所に来られる。

用水の川にはカモの親子が遊び、

 

春には桜並木の素敵な風景が見られる。

畑の広がる一角にはお花屋さんがあり、


花壇に植えるお花がいっぱい。まとめ買いをするとお安くなるけど・・・・・

我が家のベランダではせいぜい5鉢がいいところだから・・・・残念!!


温室の中ではパンジーが出番を待っていた。




のどかなこの近くにハハ様のお世話をお願いしようと申し込んだ施設がある。

面会に来るたびにきれいな風景を見られそう。

 

 

 

 

パソコンを始めてから約20年が経つ。

そのころ、パソコンはかなり大きなもので机の上にどんと陣取りっていた。持ち運びなんてとても出来なかった。

xpのパソが出始めた頃から、ノートパソコンを使うようになって手軽に持ち運ぶことが出来るようになった。今ではノートパソコンより更に、軽いタブレット。薄くてノートのような感じで持ち運べて便利。私はSonyペリアを使っている。

インターネットも変化していった。以前は紐付き(コードでつなぐ)だったけど、部屋のどこででもインターネットが出来るようにとコードなしのWi-Fiでつなぐようになった。マウスもキーボードもワイヤレスで使えるから便利。紐なしって便利だと思う。

スマホは小さくて画面が見にくいし、料金が高いので、ガラ系の携帯電話を使い続けていた。

タブレットも使っているけど持ち運びに便利だけど電話機能が付いてない。電話はやはり捨てがたくスマホデビューをすることになった。

 

スマホのカメラは望遠は無理だけど普通に写すだけだったらかなりきれいな画像が撮れる。カメラ、万歩計、辞書機能、計算機、タイマー機能、予定表、メモ機能、録音機能なども付いているからスマホ一つでOK!!音楽もウォークマンのように聞ける。

ナビだってやってくれるし、方向音痴の私は知らない土地に行った時便利。もちろんカーナビ機能も付いている。ワンセグでテレビも見られる。

ダウンロードすればカロリーや運動量のデーターも保存できるソフトを手に入れることも出来て健康管理に役立つ。そして外出先でもインターネットが出来るから便利。

今ではもっと早くにスマホにかえなかったのかと思うくらい、まさに歩く辞書以上の 歩く携帯電話付きパソコン を実感しているこの頃だ。

 

 

 

ハハ様は半身(左)麻痺で一人では立ち上がることも出来なくなってしまった。

見舞いに行くたびに、『ここの生活は耐えられないから、もう止めようと思う。』と言う。

 

オットット様も、本当の母のようにお世話をしてくれるから私も助かるのだけど、骨折後の介護で二人とも腰痛持ちになってしまった。麻痺の上に認識できないハハ様を動かすのは非常に大変。


 

病院も働きに来ていると思っているらしく、仕事を辞めたいとしきりに訴える。

半べそで家に帰りたいと訴えられると私の心も動揺するけど・・・・

半身麻痺の状態で、家に連れて帰ったら・・・・・夜も昼も介護に休みはないし、交代してくれる人がいない我が家の老々介護は共倒れが目に見えている。

 

家に帰っても自分の家とは認識できないと思う。脳は50年以上前に逆戻りしているのだから。

『おばあちゃん、おうちを出て何日間経っていると思う?』

質問に首をかしげるハハ様、

『今日で、3日? それとも1週間になる?』わざ と、こんな質問をしてみた。

ハハ様は入院の日数を言えないし、長期に渡って病院でお世話になっていることも認識していない。

 

入院がすでに4か月近くになっていることを感覚的にでも分かっているのなら自宅に一度でも連れて帰ってあげたいと思うけど、3日とか1週間とかの感じ方しかしていないし・・・・・心を鬼にしなければと自分に言い聞かせる。

 

 

病院からの勧めで施設を探しているけれど・・・・・なかなか、希望に合うような場所が見つからない。

 

介護難民になってしまうのかなぁ~~~~。

 

 

 

 秋葉原は家電販売店なども多くデジタルの街でもあるが、そんな街の一角にまるでアナログの世界があった。

ガード下に手作りの小さなお店があって帽子、アクセサリー、バッグ、靴、服やインテリアなど手作り品を扱っていた。

中には製作者自身が店に出て売っている店もあり、興味あるお店ばかりで嬉しくなってしまう。

遅い時間でもあったし、今回は一軒だけ入ってみた。

木製のドアベル。ドアが開くたびにピアノ線に丸い木の球が揺れて打ち、可愛い音色が出る。

シンプルで見やすい時計は、邪魔にならないインテリア。

この写真フレームは、連結することが出来て思い出一つ一つ、増えるたびにフレームが大きくなっていく。

印鑑入れ、大切なものは木の箱へ。こういったものが欲しくなる年齢になったのかも・・・・。

沢山ある商品から一つだけ選んで手に入れた壁飾り 兼 花瓶

 

玄関の壁に飾ってみた。

 

 

 

 

 

桜はすっかり落葉したが、枝には来春に備えて花の蕾を育てている。

自然はいつも先を考えて花を咲かす準備が出来て羨ましくもある。

 

ハハ様をここへ連れてこられたのは・・・・・今年の春のお彼岸が最後だったろうか。

ハハ様にとって私たちと一緒に来られる唯一の楽しい場所かもしれない。

旅行へ連れて出かけてもすぐに家に帰ろうなんて言うけど、『お墓参り』だけは別だ。

脳梗塞で入った病院も長引きそろそろ退院を迫られる頃だけど・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

妹が夏の終わりころから母の病室に来なくなった。私も妹をあてにしてはいけないし、こちらからは来てほしいと言わず、彼女の都合のよい時、都合のよい時間に来れば良いと思っている。

音沙汰がないまましばらく来ないので、電話をかけてみた。

するとめまいがして体調が悪いから・・・・。とのことだった。

私も以前に2回ほどめまいで入院したことがある。吐き気などが伴うと立つことも出来なくなるからその、辛さをよく知っている。彼女はご主人が亡くなり一人暮らしだから、いくら近くに娘たちが住んでいると言っても心細いだろうと思う。

大分、よくなったからそのうちに行くと言うので『無理をしないように。』と告げて電話を切った。

 

めまいがして体調が悪くても介護は待ってくれない。夫もそのために長期間は休んでくれないし家事も手伝ってくれない。ふらつく体で母を看たり家事をしたりした。我が家は息子も優しいけど母親の思うようにはなる子でないし・・・・頼るのは夫だけ。その夫も高熱を出してお腹のチョ氏も悪く寝ている私にうなべんを食べさせようとするヘンテコリン。

先の事を考えると、真っ暗になるから余り考えないようにしているけど・・・。

秋って淋しくもあり、心細くもある。

 

友達が、余っていた毛糸でかぎ針編みのモチーフを沢山作ってくれた。


 

いくつかを組み合わせて作った袋。この中にイヤホーンやコードなど入れて壁に飾ってみた。コードを探したりしないで済むし、可愛い壁飾りにもなった。



持っていた何気ない無地の袋に縫い付けてみたら・・・・

可愛い、巾着が出来た。この中にイヤホーンやポケットWI-HIを入れてバッグの中に納めるつもり。


ちょっと手を加えて自分好みの可愛い小物が出来た。

不器用者なりの手作りでした。