先月の21日に病院から介護タクシーを使って施設に入所した。
家に帰れるものと思い込んでいたハハ様は、施設の部屋に入るなり大暴れをした。
『皆で私をだました~~~』と叫びながら泣きわめいていた。そして疲れて眠ってしまった。

その日は夜の8時まで付き添い私もクタクタになった。
施設の介護士やケアマネジャーから
『ここまでよく頑張ってきましたね。これからはここがお母さんのついの住処になりますから、安心してお任せください。』と言われた時は、肩の荷をおろしたような気持ちになって涙も出た。

翌々日に、妹とオットット様の運転で施設に行ってみた。元気ががなさそうに見えた。昨日にベッドから落ちた????と、施設から電話を受けていたので頭でも打ったかしらと心配になった。
翌々日、ニィニィの運転で一緒にハハ様に会いに行ったら・・・・・・
ニィニィを見るなり顔がパ~ァっと明るくなった。そしてニィニィの名前を呼んだ。
孫の事、わかるんだぁ~とひとまず安心した。

ハハ様の脳の中は、このニィニィが赤ちゃんだったころのことが一番、残っていて病院にいる時は、
『赤ん坊が待っているのだから、放っておいたらダメだよ。早く世話をしに帰りな。』なんて言い出したり、
『そこに小さな子供が泣いているから面倒をみてやりな。』なんて気持ち悪い事を言ったりもしていた。

ニィニィがこんな大きくなったことは分からないと思っていたけど・・・・会った時、孫を見てとても喜んだので一緒に来てもらって本当に良かった。
相変わらず私の事は、『お母さん、お母さん。』と言っていた。

ハハ様の部屋はちょっと南を向いた東向きの部屋。8畳くらいの部屋にベッド、箪笥、洗面台などがあり、窓からは見沼の田んぼや畑が見える。顔を出せば桜並木も見えて、春には桜の花がきれいに見えるだろう。
歩ければ広い施設の中を自由に行ったり来たりして、隣部屋の人を訪問したりも出来たのに。早くにハハ様にこういった施設で暮らすことを考えていれば良かったかなぁ~とちょっと悔やむ。
10部屋単位のユニットの中心にリビングがあってソファーやテーブルが設置され、テレビを見ている人、本を読んでいる人、手芸をしている人がいた。車椅子に乗って隣町(別のユニットグループの固まり)からハハ様の町に訪問してきている人。いろいろな人がいた。まだしっかりとしている人はこうやって楽しめるのに・・・・・。
ハハ様の入所した2階フロアーは桜区と呼ばれ、1丁目から4丁目まで4つのユニットがある。
その他の階もケヤキ区〇〇丁目などと名前が付いているらしい。会いに来る時は面会でなく訪問と言っていますと理事長さんから説明があった。
ハハ様は桜区4丁目に住むことになった。