去年の12月上旬、調子が悪くなって病院通いが始まった。近所の町医者から紹介状をもらって大きな病院の眼科に行った。

腕から造影剤を点滴で注入して血液の流れを動画や画像で見る検査を12月28日に受けた。

そこでは病名は先生ははっきりとした病名を言わないが、治療のために眼球に薬剤を注入する治療をすると言う。目の中心部の黄斑部という神経の集まっている個所に水泡のようなものが出来て、血管からも出血してその部分の視力が欠けたりしているのだと。その血管を潰す薬剤を使用するらしい。

原因はストレスや疲労などと先生は言った。ネットで調べると働き盛り30歳から50歳の男性に多い病気らしい。喫煙も大きな理由になるらしいが、私はノンスモーカーだし。加齢でも黄斑部の異常をきたすことがあるらしいし、治療により効果が出るかどうかもその原因によってもことなるから、はっきりとした病名を言って断定するのも難しいのだと思う。

 

網膜と脈絡膜の間の部分が膨らんできているので、液漏れと出血している血管を潰すために薬剤を眼球に注入する。その治療と、そのために起こりうる副作用を聞かされたとき驚いた。脳梗塞、心臓発作、網膜剥離・・・・・今の状態より恐ろしい病名が並ぶ。又、その治療に使う薬剤の高価なのに驚いた。それも医者と患者、双方の同意のもとで際限なく続く可能性がある治療だ。

・・・・・・・無言でいたら治療を開始するには同意書が必要と。

 

すぐに返事が出来なかったので考える時間を下さいと言ったら、年明け早々の1月7日までに決心するように言われた。

 

私の目が悪くなった時、友人の一人にこの事を相談するつもりで電話したら・・・・・・

何と、彼女は10月から眼科通い。私とは違う理由で眼球出血をして片目が視力ゼロになり驚いたと。視力はもとに戻ってはいるが、医者からはレーザー治療を勧められているらしい。彼女もその治療を受けたくない一人なのだ。

すぐに彼女と会い、お互いの目の事を中心とする話で盛り上がった。

彼女は、レーザー治療をする話が出た後、漢方の眼科の先生を頼り栃木県まで行った。漢方薬を服用した後、視力は徐々に戻って来ているけど上部の暗く影になった部分が消えないでいたから、そこの血管をレーザー治療をするかどうかで迷っていたのだ。

私は目の中心、彼女は目の上部。私の場合は神経の集まっている個所だからレーザーは使えないのだ。

漢方を中心とする治療をする眼科医の本や、最新の目の治療に関する本を勧められ私も何冊か購入して読んでみた。

 

そこで分かったことは、目の治療は日々、進化しているけど試行錯誤状態で、その治療をして著しく効果が出た患者もいるらしいが、現状維持が精一杯で、ほとんどの人は現状維持をするためにその治療を余儀なくさせられている事実も知った。

出血している血管を治療して出血を抑えても新生血管がすぐにできる。新しい血管は弱くちょっとしたことで出血しやすい。そのために又、治療を受ける。こういった連鎖で現状維持のために費用負担が続けられる人は永遠とその治療を続けることになってしまうみたい・・・・・・?????。

 

私、彼女と話をしたり本を読んだりして心を決めなければならない。

1月7日の再検査でさらに進行していたら・・・・先生の勧める治療を受けよう。もし、改善していたら拒否しようと。

友達が心配して言う?

『大きな病院で先生の言うことをきかないと、その後、診てくれる病院がないから・・・・。

私、それが怖くて開業医ばかりを転々としているのよ。』

 

彼女とは30年来の友達でガンなどを自分流に乗り越えて15年たつ。東京の大きな病院で手術をしたのだけど、その後の抗がん剤の治療を拒否して今がある。

彼女はとても気まずい思いをして東京の大きな病院を退院した経験があるのだ。

 

 

 

 

散歩を兼ねてハハ様の施設まで歩くことにした。

少し膨らんできた桜の蕾には、訪れつつある春を感じる気持ちの良い散歩道だ。

今までの寒さはどうしたことか、急に暑いほどの陽気になった一日だった。

 

インフルエンザの終焉宣言もなされ、やっと面会が出来るようになった。

ハハ様、私を見ると、私をじっと見ているだけ。

「おばあちゃん、分かる?」

マスクと帽子をかぶっている私だから、怪訝そうな顔で見ていたが、急に、

「あんたなんか知らない。」

その様子に、私の事を分かっているけど、それを認めないハハ様の意地を見た。

インフルエンザのためにしばらくここに来られなかったから、きっと淋しかったのだろう。

 

そのまま、個室に行き、今まで来られなかった説明をした。それでも認めないハハ様に、ドアーにあったインフルエンザ流行の張り紙の写真を見せた。

少し穏やかになり、大好きな和菓子をぺろりと食べた。

昼食後でもあり、眠くなったのだろう。ベッドに入りたいと言い、そのまま眠ってしまった。

 

施設に通じる散歩道近くのスーパーまで送ってもらい、往復で2時間、約15000歩達成。

帰りスーパーで買い物をして卓球を終えたオットット様に荷物と私を迎えに来てもらった。

 

 

 

 

 

東京散歩

海が見たくて・・・・・埼玉に一番近い海に行くことにした。

国際展示場駅で降りて、まずはパナソニックの展示場に入場。

ショールームでは近未来の家電の事を知ることが出来る。(中は撮影禁止)

近未来の家のリビングルームには2030年を想定した家電が展示してあり興味深かった。声に反応する電気製品、冷蔵庫の中身を管理してくれる。必要に応じてインターネットの注文する画面が出る。ロボットのような家電が掃除をしたり家の中を管理してくれる。独居老人だって増えるだろうし健康管理までしてくれる。

「今朝、薬をのみましたか?」なんて声かけしてもらえるかもしれない。

15年後は団塊の世代は一斉に高齢者になり、日本は超高齢化を迎える。当たり前の買い物も出来なくなるだろから日常品、特に重いものやかさばるものはネット注文が主流になるだろうことは予想できる。オット様ったら余り便利になって使いこなせるだろうかなんて心配している。 ハハ・・・

 

10年くらい前にここで大きな画面のテレビや指で操作できるパネルなどを見た。3Dの画像などを見たときは驚いたけど、現在では普通に見られる家電になっているしこれからも日常生活も日々、進化していくのだろう。

 

国際展所へ。食品や外食などフードに関するフォーラムをやっていた。

 

海外の街並みを思わせる結婚式場の一部。

花屋、衣装、アクセサリー、レストランなど結婚式で使用するものなどを決めたり購入したりするのだろう。

平日でもあり静かすぎるのが淋しい。

 

広場と思えるような橋を渡り・・・・この橋「夢大橋」と名付けられていた。ここも人がいなくて淋しい。

観覧車は青海という駅近くにあり。近くにショッピングモール、レストランなどがあった。



橋の上には花壇もあり近代的な建築物とあいまってきれい。やっぱり人がいない。

 

ショッピングモールの中は異国的。建物内にあるのにまるでヨーロッパの街並みを歩いているような気分になる。

建物内にあるのに雲や星が本物のように見えたりして不思議な感じがした。何故か人は少ない。

 

 

フジテレビの展望台からの眺め。

 

船の科学館では南極探検に使用された宗谷丸も見られる。

 

『大江戸温泉物語』という温泉施設があり、一度行ってみたかった。

貸し出される浴衣に着替え中に入ると、ビックリ!! まるで縁日のように屋台や茶店、食事処などがあって混雑していた。

季節がらおひなさまなども飾られ純和風。

これじゃ~日本に来た外人さんたちは大喜びすることだろう。

多分、ここにいる人は外人が50%以上いると思う。若いカップルも沢山。

ヨーロッパ系の人も見られたが、中国、韓国人が多いように感じた。

 

 

 


 

 

以前(10年前)、ここに散歩に来た時は休日でもあったせいか人が沢山いた。もちろん日本人がほとんどだった。あの頃は古く良き時代になってしまったのだろうか。レストランでもショッピングモールでも日本人は少数。ほとんどが外人だった。円安で日本に旅行しやすくなったことが一番の理由だろう。日本人は少ないのに海外の旅行者、ファミリーが沢山いた。

 

中国人の爆買い、ここでは余り感じられなかった。最近では彼らも買い物から体験を中心にする旅行が増えてきているらしい。そういえばショッピングモールより大江戸温泉物語はずいぶんと賑わっていた。

12日、市場は一時110円の円高になったとか。同時に長期金利もマイナスになったとか。スマホにはしきりにそれを告げるメールが届いていた。今までの円安の相場は変化したのだろうか?

円安になれば株価が上がり日本が元気になると言われていたけど・・・・元気になったのは外人だけ。日本はGDPもマイナスに落ちた。消費税が10%にして大丈夫なのだろうか?このまま円高に戻れば更に日本は元気がなくなるような気もするなぁ。  

以上、ボヤキでした。

 

 

 

 




 

我が家からの散歩コースの一つ。

北浦和公園~別所沼~武蔵浦和と歩いてみた。

 

ふと見ると桜の蕾がピンク色に膨らんでいた。



若くして亡くなった詩人でもあり建築家でもあった立原道造が自らのために設計した独居住宅の設計図を基に、彼の亡くなった後に彼を偲んで出来上がったハウス。








風は冷たかったけど日差しが明るくなって春を感じる一日だった。


この日、20000歩歩けた。

私たちが山好きなのを知って、友達が旅行に行った時のDVDやテレビ録画のDVDをくれる。

時に亡くなったスターの特別番組を録画したDVDとか。

田中陽気の「一筆書き100名山、200名山』、季節ごとの「トレッキングベスト20」

無口な高倉健が好きだから・・・・「鉄道員」「幸せの黄色いハンカチ」「ほたる」などなど。

「網走番外地シリーズ」やその他の任侠伝などもあったりして。

ケースにはタイトルがついているけどDVDは真っ白のまま・・・・・・・うっかりすると中身が分からなくなり・・・・・こまる。

暇に任せてDVDに印刷してみた。

ケースにあった画像はそのままスキャナして利用させてもらい7枚を印刷してみた。これでDVDが迷子にならなくてすむなぁ~~~~。満足!!

 

あと・・・・・この処理待ちをしているDVDが30枚ほどある。

 

ハハ様のお世話になっている老人施設。

エレベーターで2階フロアーに降りて奥の右側にハハ様のいるユニットがある。

 

このドアーの奥にリビングがあって、広いリビングを囲むように10人の個室がある。

ここはさくら4丁目。

 

ドアーにこの張り紙が。

10人の中の一人が、病院でインフルエンザに感染して来たらしい。

用心のために部屋食になってグループで集まることを避ける処置がとられた。

施設ではその他の感染者は出ていないとのことだけど、本日から3日間の特別措置がとられた。

 

その後、一般でもインフルエンザが各地で流行してきたために、病原菌が外部から持ち込まれるのを防ぐために、さらに1週間の面会禁止措置が伸びた。

1週間に1~2回、ハハ様に会いに行っていたので10日くらい会っていないだけで何となく淋しい。

施設で適切な処置をとってくれるおかげで安心してハハ様をお任せ出来るのだけど、会えない物足りなさは、私が自由になった立場に慣れていないためかもしれない。

 

明日から面会措置が解禁される。

 

 

 

1月26日(火)お礼参りと新しい年のご利益にあやかろうとIちゃんと鎌倉に行った。

19日に初詣を予定していたけど前日の大雪のために延期になってしまったいた。

このところ私たちの恒例行事になっているから、ここに来なければ新しい年が始まらないような気もする。

 

 

水の出る場所をお祀りするようにとの夢のお告げで源頼朝が作ったと言われる銭洗い弁天。

この水で銭を洗うと数倍のご利益があると言う。

当日中に使うことでご利益があると言うことで私は、1万円と千円を、Iちゃんは何故か去年より少なく、自分の5000円。

ご主人のために5000円。去年は2万円以上洗っていたような気がするけど・・・・・・・。

 

オットット様と前日にちょっとした事で腹を立てたから、今年はなし。

去年はオットット様の分も5000円を預かって洗ってあげた。それでかオットット様も去年はご利益があったのに~~~~。

バカなオットット様と更にバカを行く私の新年早々のバトルは・・・・記録するのもばかばかしいくらいのこと。

銭洗い弁天なんか信じないと豪語するオットット様と、お詣りすることに意義があり出かけることにも意義があり、楽しみに鎌倉行を毎年する私とIちゃん。

この結果は今年の年末にはっきりするけどね。

 

次に小町通りまで歩き、こぎれいなレストランでランチをした。ハハ様の介護もあって土、日くらいしか鎌倉も来られなかったけど今回は大混雑もなく平日の恩恵で待っ美味しいランチができた。

鎌倉八幡宮まで歩き、お詣りの後に八幡宮神苑のボタンを見に入った。入園料500円也。

 

 

寒の真っ最中なのに、あでやかなボタンの花が咲き乱れ、ここは春の先取りだった。

冬枯れの中、濃い緑の葉と花の色が不思議なくらいだった。

 

中でも写楽と名付けられた濃い、赤紫のボタンに目を惹きつけられた。

全ての株に藁の覆いを付けてあり、満開状態で見ごたえがあった。

雨露から花を守るために傘を差してあげたりすることを聞くが、この大きな花を咲かせるの苦労がうかがわれる。

それだけに、花の少ない時期のボタンの豪華さは天下一品だ。

 

この後、鎌倉宮方面に行き、厄落としをしてきた。

 

銭洗い弁天で洗ったお金は全て鎌倉で使いきり、灯りがともる時間まで鎌倉を楽しんだ。

Iちゃんも足りないくらい全部、使ったと言っていた。

二人ともご利益があるといいね。

 

 

 

 

 

 

 

昨年年初に鎌倉に来たとき引いたおみくじに『病、重い。くれぐれも養生すべし。』とあり気がかりだった。目の病気の事だったかな?と思ったりして。

この神社には病伏せ、厄除けをしたりする3つの方法があると言われている。

 

 

① 下の木に願い事を書いて奉納する。

私も、治療中の目が回復するように願い事を書いて奉納した。


 

② 身代わり様のご神体に触れてお祈りする。

後醍醐天皇の皇子を守るために身代わりとなった村上義光。

この像の体に触れると自分や家族の病気平癒のご利益があるらしいけど・・・・

本当だといいなぁ~~と、半信半疑ながら頭もしっかりと触れて来た。

素焼きの小さな皿を岩にめがけて投げつけ、割れると厄が落ちると言うらしい。一皿、100円で厄落としが出来るなんて・・・・。

去年、Iちゃんの投げた皿が岩に当たったのに割れなかったら彼女、焦っていたっけ。(₍笑)

二人とも今年は粉々に皿は砕け、しっかりと厄落としができそう。


健康が一番ということは分かっているけど・・・・どうしても自分の体の事を優先できない現実もある。

今では、ハハ様が施設入所できたのは、私を守って下さる神様からのプレゼントだったように感じる。

 

厄落としや身代わり様など・・・・

半信半疑ではあるけれど、こうしてお詣りが出来ることも幸せなことだと思う。

 

健康第一で、来年はお礼参りに来られるように頑張ろう!!

 

 


 

1月も後半になった。

ハハ様が施設に入所して以来、時間が早く過ぎるように感じるのは何故だろう。

友達のHさんの命日を迎えた日、お花を供えに伺い遺影の彼女の笑顔を見ることが出来た。

去年の夏は、整理に追われたご主人、その不合理からか亡くなった奥様の笑顔の遺影を見ていると複雑な気持ちで写真に白い布をかけていたことがあった。

たまたまネコ友の若いお嬢さんも来ていてお茶することが出来た。

ひかるワンがいた頃からご主人とはイヌ友、そのあとで奥様とも知り合い仲良くなった関係。動物が大好き万年青年のようにいつも熱い人。

高齢になっても一人暮らしが出来るのは、ある意味奥様が健在の頃から自立していたからかもしれないと思う。

 

 

 

暖かく始まった新しい年も、寒に入ると急に冷えて、昨日は雪も降ったりしてやっぱり冬。

一年中で一番、寒いという大寒だから・・・・・・耐えれば暖かい春が待っている。

昨年11月末に花芽らしきものを見つけ部屋の中に入れたシンビジュームは、

暖かなカーテン越しの日差しを受けて、今にも咲きそうにピンクの蕾が大きくなってきた。

私の目が悪いので静養が必要かとハハ様の外泊も出来なかったのは残念だし、仕方ないことだが

風邪をひく心配のない暖かい季節に何とか外泊の経験もさせてあげたいと思う。

 日差しの中でゆっくりと開花するように、私の1年もこうありたいと膨らんでぢた花芽を見ながら思う。

17歳で駆け足で旅立った娘のぶんも人生を楽しんでゆったりと生きたいものだ。

 

大寒、今日はあの子の命日でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

春待たず 旅経つ吾子は ほほ白く なみだひかりて 母はまた哭く