故郷、金沢と  蝉分布の境目 | トドワラのブログ

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頭の画像は病院から戻る時のお寺の境内の蝉で、最後

の画像が其の蝉のとまって鳴いて居た木の花です!






荘園制度の形態が残る頃より歴史の中枢として栄えた風

光明媚な金沢は東京湾の入り組んで弓なりに成って居る

ので夏島貝塚の有る、夏島と野島の2つの山が隣り合っ

て見える入り組んだ東京湾の対岸が私の生まれ育った金

沢区柴町で、町内の長いトンネルの奥が米軍の莫大な油

タンクの基地で、昔の人は「あれが爆発したら、金沢区

の半分は吹き飛ぶと言い伝えられて居ます。柴町は山林

が多く大木も多いし、蝉の

生息に適して居ます。此れは柴町だけで無く金沢一帯の

事で御座います。ネットで蝉の分布を調べても机上の説、

調査結果等には異論尽くめです!クマゼミとアブラ蝉

(又はみんみん蝉の共存地域では、午前中にクマゼミが

鳴き、午後にアブラ蝉、又はみんみん蝉が無く)と学問

付けて述べて居ますが、私が指宿温泉に部屋を借りて居

た時、朝から晩までクマ蝉が鳴き誇っていましたし、他

の蝉は記憶に無い位の物でした。北海道の定山渓では全

てアブラ蝉で他の蝉は全く聞かなかった。北海道で一番

温暖で、笹だけだった北海道で唯一孟宗竹が生息する松

前では、みんみん蝉以外は居なく聞かず、全てみんみん

蝉でした。其れは異様に感じました。勿論季節の移り変

わりで蝉の生息も変わるでしょう?夏の初めや秋では無

く、何処からか高校野球中継が流れて来た時期です!金

沢では夏の盛ならどの蝉の鳴き声を聞く事が出来ました!

極狭い地域蝉や幻の蝉等で無く誰もが日本に生息して居

ると思う蝉は全て金沢では聞けたのです。今の様に地球

温暖化が進んで居なかった頃、東京や横浜の大半、南方

系のクマ蝉は聞けませんでした。金沢でクマ蝉は、声は

すれど姿見せずで 此れは金沢のクマ蝉は高い木の高い

所にしかとまらず、非常に危険を察知能力に長け、人が

近ずく前に逃げ去り、蝉取りには自信の有った私でも記

憶に残る数は捕まえる事が出来ませんでした!

では、クマ蝉は

そんなに素早い蝉かと言うとさほどでは有りません。他

の蝉より素早く、私に鳴いて居る所を掴まれる様な事は

ありませんが、広島県の東部の福山市の仙酔島には道に

ゴロゴロ寝て居る位、緩慢でした。勿論此処はみんみん

蝉もアブラ蝉も居たと思います。余談と偏見を交えて言

うならば、金沢の気候はクマ蝉にとって最前線で寝て居

る余裕なんて無かったのでしょう!金沢は、錦絵にも成っ

た風光明媚な金沢八景や、鎌倉幕府の重鎮で金沢文庫、称

名寺を建てた北条実時の子孫代々、時の執権に近く歴史の

表舞台として栄えただけで無く、南に多い蝉と 北に多い

蝉の境目で 全ての通常の蝉の鳴き声がする故郷金沢だっ

たと私は思うのです!