鶴ヶ城   雄姿   会津若松市 | トドワラのブログ

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徳川家康の孫で、江戸幕府3代将軍 徳川家光の異母

弟の保科正之公が、会津松平家の初代藩主である。

鶴ヶ城は 日本三名城と言われる様なお城と比べな

ければ、広く、大きく、立派だと思います!

画像は 北出丸から望む 美しく気品有る濠と 対岸

の石垣です!







鶴ヶ城の北出丸から本丸に入る坂の 椿坂です!この

坂を制するものが城を制すると言われる程、重要な坂

でした。








[太鼓門] 鶴ヶ城の太鼓門は北出丸から本丸に通じる

大手門(追手門)のことで、そこには多聞櫓と呼ばれ

た櫓が建てられ、胴の径、約1.8メートルの大太鼓

を備え、藩主の登城や非常事態、その他の合図に使用

されていたところから太鼓門と呼ばれていた。天守閣

から表門をつなぐ走長屋とともに表門を守り、帯郭か

ら本丸への敵の侵入を防ぐ要となっていたと考えられ

ている。







鶴ヶ城天守閣ですが、此処は 帯郭と言って、本丸に

侵入しようとする敵を防ぎ、城内の兵が抵抗する為に

造られた、武者溜で有る。










表門(鉄門)

鉄門は帯郭から本丸へ通じる表門で、柱や扉の木の部

分を全て鉄で覆ってあるので、この名がつきた。加藤

明成の大改修によって造られた門で、左右の石垣は化

粧たがね入り、切込ハギと呼ばれる技法で見事に築か

れており、お城の正面玄関にふさわしい姿です。






表門を過ぎると 鶴ヶ城本丸です!天守閣も一段と美

しく見えました!









鶴ヶ城の天守閣の高さは、建物が25.15メートル

天守台の石垣が11メートルで 合わせて36.15

メートルだそううです!

先程、此処迄来て、参考に開いて居た文書と間違えて

記事を×で閉じてしまい、全ての積み上げを失い、呆

然としてしまい、本当に泣きたかったです!私は頭は

悪く不器用で、PCのキイーを打つのに右手中指1本

しか、関節に支障が有って使えません!ただ一生懸命、

こつこつと積み上げるしか能が無いのに後一歩の所で

全て失ったんです!情けなくて、自分に腹が立ちまし

た!神聖な此の様な場所で泣き言を公開して居る無

様も情け無く、お恥ずかしい限りです!










私は これで鶴ヶ城を後にします!鶴ヶ城、サヨウナ

ラ!また会う日まで。

来た時と別の道を歩きましたら 以下の標識が立って

居ました!








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