すが 有るには在ったのですが 五百羅漢が全く違い
がっかりして、芭蕉と曽良の句碑に 大聖寺が生んだ
全国的に知られて居る 深田久弥の句碑も有ると言う
其の句碑を見に入りました!(全て拡大出来ますので
お時間の許す皆様は 拡大して見て下さい!)
全昌寺に入ると キリシマツツジが咲き出して居て、
寺の受付の人が、うちでは一番早いキリシマツツジ
と言って居ました!
大聖寺が生んだ鉄人は 山の好きな者、山に上った者、
山に上る者なら知らない人は居ない、日本百名山の著
者で、自分で上ってあの本を書いたと思うので、屈指
の登山家です!こんな私でさえ、山に上る者のバイブ
ル 深田久弥の日本百名山は学生時代から購入して持
って居ます!
此れが全昌寺に在る 芭蕉句碑です!
芭蕉句碑の句は
庭掃て いでばや寺に 散る柳
山中温泉に逗留して居た芭蕉は 高弟曽良の健康を案じ
曽良を先に帰して別れ 追って芭蕉も山中温泉に別れを
告げ、曽良も芭蕉も1日遅れで、大聖寺の全昌寺に泊ま
りました!
此れが全昌寺に在る 高弟曽良句碑です!
曽良句碑の句は
終夜(夜もすがら) 秋風聞くや うらの山
一日違いで全昌寺を発った曽良は伊勢の方へ去り、芭蕉
は一日遅れて全昌寺を発ち、越前に向かった!
此れが 大聖寺が生んだ鉄人 深田久弥の句碑です!

