写真枚数が多いので分けて紹介します。
今回は、航空隊敷地との境界線だった水路、唯一残る爆弾池、電信室跡、レンガ建物、無線受信室跡、エンジン調整室跡、忠魂碑まで。

航空隊敷地との境界線だった水路。現在も農業用水として現役です。右側が航空隊敷地。

同じ場所から反対側を望む。左側が航空隊敷地。

畑の中にポッカリ空いた爆弾池。他の爆弾跡が整備事業で次々と埋められていく中、所有者の強い思いを受けて埋められることなく残されました。
目印である畑の中にポツンとある白い標柱を目を皿のようにして探して見つけました。戦跡巡り仲間と一緒だったので見つかりましたが、一人で車を運転してたら中々見つからなかったかもです。

飛行場電信室跡。航空隊の敷地に隣接した場所にあります。この上に受信用の鉄塔が建っていたそうです。




電信室そばを流れる水路。ここも航空隊敷地との境界でした。右側が航空隊敷地。

電信室近くにあるレンガ造りの建物。落下傘など航空隊で使われる兵器の整備が行われていた建物だという話が有力であるが実際はどうだったかは明らかになっていない。


機銃掃射の跡がたくさん残っています。2階の窓枠の間にうっすらと丸印がありますが、これは最優先で防災する事を示した印だそうです。

レンガ建物近くにある無線受信室跡です。この上には受信塔が立っていたそうです。


無線受信室の裏にコンクリート製の建造物がありました。航空隊に関係する施設の跡かなと思うのですが、フェンスで囲ってある外側にあるので分かりません。

無線受信室跡近くにあるエンジン調整室跡。この建物にも機銃掃射の跡が残っているそうですが、民間の敷地内の為、近くまで行って確認する事ができません。



宇佐航空隊から出撃し、戦死した特攻隊の兵士と 宇佐航空隊で亡くなった人を祀っている石碑で戦後この位置に移されました。この石碑は、柳ヶ浦高校の正門の前にあり毎年4月16日に慰霊祭が行われます。
道路沿いにあるのですが、木の茂みを剪定して作られた塀で見えにくいので何度も前を通り過ぎてやっと見つけました。車で移動の際は細心の注意を払って探してみて下さい。


宇佐海軍航空隊跡③に続く



































