法廷へ、苦しみの連鎖絶つ

2020年5月17日 5時00分 朝日

 (No.1679)

 「僕は、小学校5年の夏休み明けから、クラスでいじめに遭った。いじめという名の精神的、肉体的暴力だ。先生に助けを求めても無視された」
昨年12月、東京・霞が関にある東京高等裁判所の法廷。弁護士と並んで控訴人席についたエイジさん(18)は、こう語った。身を包んだ濃紺の三つぞろいのスーツは、闘うための「よろい」だ。

 千葉市内の公立小学校に通っていたエイジさん。学校は楽しく、毎日笑顔で学び、遊んでいた。

 転機は、「以前から乱暴で目立っていた」男子A君と同じクラスになった5年のとき。夏休み明けのある日、A君に頻繁にちょっかいを出されて給食が食べられなかった。先生のところに行き、「A君がうるさくするので注意してほしい」と訴えた。先生は「わかった」という感じで答えた。席に戻ると、A君は「まずくて食えねえ」と言ってきたり、ひざの上に乗ってきたり。我慢できずに再び先生に注意してほしいと伝えると、先生は言った。

 「いちいち言いに来なくていい」

 いつになく強い口調で言われたと感じたエイジさんは、ショックを受けた。「お前は黙ってろ」という意味だと受け止めた。「このときが、クラスの中の関係性が変わった境目だった」と振り返る。その後、クラスメートから「A君を刺激する困ったヤツ」「お前が悪い」という目で見られていると感じるようになったという。

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 A君については、4年のときの担任が「頭はとてもいいが、突発的に手が出る子。刺激するとよくないので、ある程度好き勝手させたまま授業をしていた」などと引き継ぎをしていることが、裁判で明らかになっている。

 5年の担任は「放っておいたままにすることはしたくない」とし、ほかの子が自分のことを先生に言いつける姿を見たり自分が注意されたりすると怒り、その子をたたきに行くといったA君の問題行動を「指導してきた」と述べている。また、A君のエイジさんへの暴力については、「割合は高かったものの、暴力はA君本人の問題行動ととらえていて、いじめとは認識していなかった」などとしている。

 法廷で、エイジさんはこう続けた。「教師の無視という、暴力に対する無言の容認によって『(エイジには)暴力をふるってもいい』というクラス全体の空気ができた。自分ひとりが暴力のターゲットになり、それが教室での日常生活の光景の一部になった。日を追うごとに自分がクラスの一員ではなくなっていくかのような、クラスのみんなにお前は人ではないと言われているかのような雰囲気だった」

 当時、エイジさんは「学校には通わなくてはならない」と考えていた。親にも言わず、つらいことをつらいと思わないように、自分の心をまひさせて登校し続けた。気づくと、《自分は疫病神だ》《自分は価値がない存在だ》と思うようになっていた。《いつか自分は死ぬんだろう》との気持ちも生まれたという。

 3学期になって学校に行けなくなった。7年が過ぎたいまでも、ホームから電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるなど精神的な苦しみは続く。医師からはいじめが原因のPTSDと診断された。

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 父母と連名で「いじめによって精神的な苦痛を受けた」として、A君の両親と学校を管理する市に対して損害賠償を求める訴訟を千葉地裁に起こしたのは、2016年7月。昨年8月に出た判決は、エイジさんがけがをして病院にかかるなどしたA君の三つの機会の暴行を認め、A君の両親に33万円の支払いを命じる一方、先生に安全配慮義務違反があったとは言えないとして学校の責任は認めなかった。給食のときのことも配慮は足りなかったが、A君の問題行動を助長したとは言えないとした。

 エイジさんは控訴した。「証拠がなければ裁判で認めてもらうのは難しいのはわかっている。でもA君だけに責任を押しつけて終わらせるのは違うのでは。僕は先生に見捨てられたと思ったし、いじめの構造の中で苦しんだ」

 A君の両親も「いじめの事実はない」などとして控訴した。昨年12月は、その控訴審の第1回弁論だった。エイジさんは法廷で、涙をこらえ、震える声で語った。

 「自分自身が教師たちと同様に、思い出したくもないようなことだからって、なかったことにしてしまったら、何もせずに死んでしまったら、いじめを見て間違っていると思ったことに間違っていると言えなかった傍観者と同様に、僕自身もこれから先、だれかの身に起こるかもしれない、いじめの傍観者であり続けてしまう。いじめられる苦しみを、傍観者に囲まれる苦しみを知っているのに、今度は自分が傍観者になってしまう。だからこそ、自分の主張が認められなくても、自分自身がこのままでは間違っていると感じたことに声を上げなくてはならないと考えている」(編集委員・大久保真紀)

 ■相談取り合わぬ例多く

 文部科学省の調査では、2018年度のいじめの認知件数は、過去最多の54万3933件と、急増している。内訳は小学校42万5844件(前年度比10万8723件増)、中学校9万7704件(同1万7280件増)、高校1万7709件(同2920件増)、特別支援学校2676件(同632件増)。

 13年に制定されたいじめ防止対策推進法は、いじめを「対象の子どもが心身の苦痛を感じているもの」と定義。こうしたことなどから、学校側にささいなトラブルでも把握する姿勢が定着してきているという。ただ、いじめの報告がない学校も約2割あった。

 教育評論家の武田さち子さんは、学校がいじめに適切に対応できているかは疑問だとする。13年以降、いじめが原因とみられる自殺や自殺未遂の重大事態で第三者委員会が立ち上がった81事案を調べたところ、6割近くで本人や周囲が学校・教師に相談していたという。「大人は子どもに『いじめられたら勇気を出して相談するように』と言うが、現実には訴えても取り合ってもらえないことがどれだけ多いかを認識するべきだ」と話している。

 ◇周囲はささいなことだと思っても、子どもが追い詰められることは少なくありません。「いじめを受けた」と感じ、学校に通えなくなった少年が、どんな思いを抱え、何を考えてきたのか。その声に耳を傾けます。(少年の名前は仮名にします)