2018/10/28 朝日
専門追求、トコトン5年間

 (No.1495)

 10月上旬の週末、愛知県豊田市の豊田工業高等専門学校(豊田高専)のオープンキャンパスには、2日間で千人近い中学生と保護者が訪れた。

 同校は機械工学科や情報工学科など5学科で、1~5年生の約1100人が在籍。授業は1コマ90分で大学のようだが、学級ごとに担任がいる点は高校に似ている。3年までは高校生にあたる年齢だが、高専では「生徒」ではなく「学生」と呼ぶ。

 体育館で目を引いたのが様々なロボット。全国の高専生が作ったロボットで競う「高専ロボコン」に出場する実物を披露し、動作を調整していた。同校からは2チームが出場し、電気・電子システム工学科3年の稲垣海(かい)さん(19)はAチーム、今枝佑太さん(18)はBチームのリーダーだ。

 投げたペットボトルをテーブルに立たせる「ボトルフリップ」で、立てた本数などによる得点を競い、見た目やアイデアのユニークさも評価される。両チームとも、春から放課後や休日に集まってはアイデアを練り、改良を重ねてきた。

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 ペットボトルを投げる際の飛距離を一定にしようと、バネの微調整を続けていたBチーム。愛知県春日井市出身の今枝さんは、中学時代にテレビで見たロボコンをきっかけに高専に関心を持った。豊田高専に進学すると、1年次からロボコンに参加。「問題があった時にどうしたら解決できるかと考えたり、学科が違うメンバーから面白いアイデアが出てきたり、どれだけやっていても飽きないです」と笑う。メンバーにはそれぞれ得意分野やこだわりがあり、意思疎通の大切さも実感した。

 チームは14日の東海北陸地区大会で準優勝し、11月下旬にある全国大会への出場を決めた。

 Aチームでは、部品を作るための3Dプリンターの使い勝手が悪いからと、プリンターそのものを自分たちで作った。愛知県半田市出身の稲垣さんは「中学のみんなと一緒の進路では面白くない」と、高専を選択。入学後は剣道部に入り、2年次の夏前からは1年間のフィンランド留学も経験した。

 「18歳での大学入試がない高専では、自分のやりたいことをトコトン突き詰められる」と話す。学年があがって授業の内容も専門的になり、より楽しく感じるようになった。

 学んでいる内容をさらに深めたいと、2人とも卒業後は大学への編入を考えている。

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 5学科で約千人が学ぶ、山口県宇部市の宇部高専。化学や生物関連の科目を学ぶ物質工学科5年の橋本安也乃さん(20)が、バラの花びらからにおい成分を抽出していた。

 抽出に使っているのは、宇部市役所で咲いていた一夏分のバラの花びらを冷凍保存していたもの。市特産のバラの花殻を有効活用できないかと同校の広原志保副校長が相談を受け、香りを生かした化粧水にすることに。完成した製品は10月下旬、開催中の「山口ゆめ花博」の関連イベントで販売された。

 橋本さんは地元宇部の出身で、高専の存在は幼い頃から身近だった。もともと理科が好きで、中学生の時、オープンキャンパスでの実験体験を通じて「ここなら普通の高校より本格的なことができそう」と興味をもった。初歩的な実験から始まり、学年があがるにつれて自分でもかなり専門的な研究をしていると感じるようになった。

 高専では大学の理工系学部と同じように卒業研究があり、4年か5年になると特定の教員の研究室に所属する。橋本さんは同級生4人と一緒に、生物有機化学が専門の広原副校長の研究室に入った。がんの部位に効率よく集める薬剤の開発を研究。春には東京で開かれた学会に参加し、成果をポスター発表した。学会では「予想外の質問もあって緊張したけれど、多くの人に興味をもってもらえてうれしかった」と振り返る。

 日々の授業や卒業研究に加えて、企業や大学などのチームも出場する「ETロボコン」の同好会に入り、英語の苦手意識を克服しようと英会話部の門もたたいた。卒業後は県外の化学系メーカーへの就職が決まっている。橋本さんは「入学前の自分には想像できないくらい、いろんなことに積極的にチャレンジできた。高専じゃなかったら、きっとここまではやれなかったと思う」と話す。(佐藤剛志)

 ■全国に高専57校、実習重視

 高等専門学校(高専)は、中学校卒業者が学ぶ5年(商船学科は5年半)一貫制の高等教育機関。全国に国立51、公立3、私立3の計57校ある。全校あわせても1学年あたりの学生数は約1万人で、世間の認知度が高いとは言いがたい。だが、実習や実験を重視した教育内容が評価され、就職実績は例年「ほぼ100%」となっている。学生の約8割は男子だ。

 経済成長を支える技術者養成機関の新設を求める産業界の要請を受けて、1962年に創設された。91年には工業・商船系以外の学科設置も可能となったが、大多数の学生が工業系の各学科で学ぶ。この春出版された「高専教育の発見」の共編著者の1人、国立教育政策研究所の浜中義隆総括研究官(高等教育論)は「都市部に集中する大学と違って高専は全国に広く置かれ、学費の安さもあり優秀な学生を集めてきた。ただ、学生1人あたりの教育に投入される公費が大きく、現在の規模だから維持できた面もある」と話す。

 卒業生の進路は就職のほか、高専内でより専門的に学ぶ2年制の専攻科への進学や、大学3年次への編入学など様々。国立の長岡技術科学大学(新潟県長岡市)、豊橋技術科学大学(愛知県豊橋市)は、高専からの編入者を受け入れるために創設された。国立校は、独立行政法人・国立高専機構が一元的に運営している。

 ◇全国の高専生は同年代人口の1%ほど。高専での学びとはどんなものなのか、8回で伝えます。