小説「海と陸の彼方へ」

 

第一章ブエノス・アイレスの輝き

 

第13話……牧場主エルナンデスから牧童頭の妻パウラ・ペレスを救う

 

前回のあらすじ

前回、マリア・エルナンデスの招待を受けてエルナンデス牧場の見学に出掛けたルドラ。ルドラは客人の地位に甘んじることなく、牧夫としての仕事を牧童頭や牧童頭の妻に教えてもらい、まる二日重労働に勤(いそ)しんだ。ルドラの働きぶりや若く溌剌とした容貌に惹かれたパウラ・ペレスは牧場主フアン・エルナンデスとの不倫関係に苦しんでいることをルドラに打ち明けた。ルドラは批判めいたことは何一つ言わず、彼女の言葉を相槌を打ちながら黙って聞いた。パウラは大胆にもルドラに抱きつき、キスを仕掛けルドラに抱かれることを望んだ。めくるめくような一夜を過ごしたふたりは余韻を残しつつも翌朝、ルドラは自分の家に帰って行った。

 

本文

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登場人物「1935年1月1日時点」
主人公ルドラ15歳「24歳と偽っている」。手持ち現金550万アルゼンチン・ペソ。金塊127トン。ブエノス・アイレス司法府裁判検事。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー「資本金6千万アルゼンチン・ペソ」。ルドラ金融㈱会長兼CEO
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部下
タリオ「勇敢な戦士」21歳。ルドラ缶詰工業㈱専務。ルシエンヌの兄。シワトルの夫。カリブ族の男。獰猛。格闘技の達人。
シワトル「花の女神」28歳。タリオの妻。元タバスコ領主の妻。聡明で美しく、性格は穏やかで優しい。
ルシエンヌ「明るい」19歳。ブエノス・アイレス司法府検察官「刑事事件の捜査や起訴を担当」。選挙対策委員長代理。
モンバナ「高い山」男2歳。ルドラとルシエンヌの間の子。
カノア「風」40歳。ルシエンヌの父親。
アマタ「永遠の」38歳。ルシエンヌの母親。
アドリアナ・グラノジェルス25歳。ルドラ金融㈱COO。元ルドラの愛人。カジェタノの元妻。
ヘロニモ・デ・アギラール30歳。スペイン人。元コルテスの部下
イシュトゥル 「Ixchel」19歳。アギラールの妻。
パカル 「Pakal」男5歳。アギラールの息子。
ゴンサーロ・ゲレーロ28歳。スペイン人。
イディア・ンジンガ17歳。ゲレーロの妻。酒好き。陽気なアマゾネス。時々姿をくらます。
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その他の人々
マリア・エバ・ドゥアルテ16歳。悪魔のように可愛い女。高みに連れて行ってくれる男を求めて突進する。手段は選ばない。選挙対策委員長。
エルヴィラ・ドゥアルテ13歳。マリアの妹。
カタリナ・イルデフォンソ20歳。ルドラ金融㈱営業部長。
中田ボニファシオ38歳。日系人4世の男性。カフェ、レストラン&バーの経営者。
高梨アデルミラ32歳。日系人4世の女性。麻雀店、ビリヤード場の経営者。
レティオ・チュチョ33歳。メスチーソ。エステル・ラジオのプロデューサー。賭博好き。
カタリナ・リベラ・サンドバル34歳。アルベルト・ペレイラ・レボルコ「財閥の当主、政治家」の妻。社交界の華。芸術家支援、慈善活動を行っている。
カルロス・フルベック・オルトゥサル35歳。政治家であり外交官。若い妾を囲っており、妻のロサを顧みない。
ロサ・オルトゥサル30歳。カルロスの妻。アルゼンチンの貴族出身で社交界の名士。
エルナンデス夫妻「夫:フアン・エルナンデス46歳、妻:マリア・エルナンデス44歳」。ブエノス・アイレスの牧牛・牧羊業界の大物。エルナンデス牧場主。
マルティン・ペレス34歳。エルナンデス牧場の牧童頭。
パウラ・ペレス26歳。マルティン・ペレスの妻。フアン・エルナンデスとの不倫の関係に悩んでいる。
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大型ガレオン船1隻「2,000名乗り、改良野戦大砲500台搭載」小型ガレオン船10隻「100人乗り、改良野戦大砲30台搭載」、キャラック船50隻「500名乗り、改良野戦大砲50台搭載」、砲丸5万発、後込め式小銃10万丁、弾丸500万発。馬5,000頭。荷馬車500台。
傭兵部隊「シラジの女奴隷軍500名、元ベニン王国黒人女奴隷軍500名」
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南アメリカ
帝国書院「地歴高等地図」P75,76

アンデス越え
帝国書院「新詳高等地図」P82

1935年1月25日金曜日朝6時:ブエノス・アイレス「ルドラ邸」
朝の光がルドラ邸を包み込むと、静寂は一転、活気に満ちた。ルドラの帰りを待つ侍女たちと下男たちは、表門に整然と並び、その姿はまるで美しい絵画のようだった。彼らの顔には、主人の無事な帰還を祈る期待と安堵が浮かんでいた。

ルドラが馬車から降りると、空気は一瞬凍りついた。彼の存在感は、その場にいる全ての者を圧倒した。彼は微笑みを浮かべながら一人一人に頭を下げ、挨拶を交わした。その姿は、彼がただの裕福な青年ではなく、人々を導くリーダーであることを物語っていた。

挨拶が終わると、侍女たちは早速、朝食の準備に取り掛かった。キッチンは活気に満ち、パンが焼ける香り、フレッシュな果物の香りが空気を満たした。一方、ルドラは一階の食堂へと向かった。彼のために用意されたテーブルは、豪華な食器と美しい花で飾られ、まるで王族のような待遇だった。

ルドラは独りで食事をとることを好んでいた。その理由は、彼が自分の思考に没頭し、一日の計画を立てるための時間としていたからだ。彼の前には、3人の侍女が立っていた。彼女たちはルドラの食事を運び、彼の要望に応えるために待機していた。

一方、地下一階では、従業員たちが自分たちの食事をとっていた。彼らの食堂はシンプルだが、それぞれが自分の役割を全うし、ルドラ邸を支えていることを感じさせた。彼らは自分たちの仕事に誇りを持っており、その姿はルドラ邸の調和と秩序を象徴していた。

ルドラ邸のスタッフは次のようになります:

執事頭:ジョン・スミス、年齢:45歳
侍女1:エマ・ジョンソン、年齢:32歳
侍女2:ソフィア・ウィリアムズ、年齢:27歳
侍女3:オリビア・ブラウン、年齢:29歳
下男1「庭師」:ジェームズ・ジョーンズ、年齢:44歳
下男2「運転手」:マイケル・ミラー、年齢:51歳
下男3「料理人」:ウィリアム・デイビス、年齢:38歳
これらのスタッフは、ルドラ邸の日常の運営を支え、ルドラの生活を円滑に進めるために働いています。

食後のコーヒーを飲んでいると、侍女のエマが呼びに来た。

エマ:旦那様。アドリアナ・グラノジェルスさんからお電話です。お繋ぎしてもよろしいでしょうか。

ルドラ:うん。繋いでくれ。

交換手がアドリアナに繋いだ。

アドリアナ:会長。今よろしいですか?

ルドラ:何か急用でもあるのか?

アドリアナ:ルイス・ガルシア43歳という牧牛・牧羊業者が貸金を払えないと言うんですがどういたしましょう?

ルドラ:幾ら貸したんだ。

アドリアナ:500万アルゼンチン・ペソ「米ドルとほぼ同価値」です。

ルドラ:それは大金だな。担保は取ってあるんだろうな?

アドリアナ:それはもちろんです。ブエノス・アイレス郊外に広大な敷地と牧場があります。家・屋敷も付いています。

ルドラ:牧夫も揃っているのか。

アドリアナ:すべて揃っています。

ルドラ:それなら、貸金と引き換えに担保を押さえてしまえ。期日は過ぎているんだろうな。

アドリアナ:返済期日は今朝の6時ですから、もう2時間も過ぎました。

ルドラ:良し。今から役所に向かう。お前も書類を持って検察庁に来い。

ボディガード兼運転手のマイケルに司法府検察庁まで送らせた。

午前9時:ブエノス・アイレス司法府検察庁に寄り、アドリアナ、ルシエンヌと警察官ふたりを乗せてルイス・ガルシア43歳の邸宅に向かった。

ルドラの目は冷たく、彼の声は鋼のように硬かった。彼はルイス・ガルシアの目を見つめ、一言一言をはっきりと発した。

 

ルドラ:あなたの負債は期限が過ぎています。我々は法律に従って行動します。

ルイスは何も言えず、ただ頷いた。彼の顔は青ざめ、彼の目は恐怖に満ちていた。彼の家、彼の土地、彼の生活が一瞬で崩れ去るのを見るのは、彼にとっては地獄のような光景だった。彼は借金の抵当にしていたブエノス・アイレス市内の家・敷地、ブエノス・アイレス郊外の牧場をすべてルドラに取られた。

ルドラは立ち去る前に、一つだけルイスに向かって言った。"これはビジネスです。個人的な感情は関係ありません。あなたが約束を守らなかった結果です"

そして、彼は車に戻り、警察官たちとともに去っていった。ルイスはただ立ち尽くし、彼の人生がどう変わるのかを想像することしかできなかった。

ルドラは検察庁に戻り、その日の残りを通常の業務に費やした。彼は冷静で、プロフェッショナルだった。彼の仕事は、法律を守り、公正を保つことだった。そしてその日、彼はその仕事を完璧にこなした。

☆マルティン・ペレス34歳「エルナンデス牧場の牧童頭」との会話
ルドラは検察庁に帰ってからエルナンデス牧場のマルティン・ペレスに電話を掛けた。彼は不在だったが、奥さんのパウラ・ペレスが電話に出た。

パウラ・ペレス:あら。ルドラさん。私に用があるんじゃないの?

ルドラ:うん。今日はご主人に用があるんだよ。

パウラ・ペレス:彼は今、放牧に行っているのよ。午後1時頃なら返ってくると思うわ。用件は私が伝えておくわ。言って頂戴。

ルドラ:これは秘密の案件だから、彼に直接話したい。僕の家に来てくれと伝えてくれないか。

パウラ・ペレス:分かったわ。夕食時に行くように伝えるわ。

ルドラ:よろしく頼むよ。

夕暮れ時、ルドラの豪華な屋敷は暖かい光で満たされていました。彼の家は静寂と落ち着きに包まれ、高級な家具や美しい絵画が豪華さを増していました。大きなダイニングテーブルには、美味しそうな料理が並び、その中心にはルドラとマルティンが座っていました。

ルドラは、自分の前に広がる料理を見つめながら、マルティンに話しかけました。

 

ルドラ:マルティン君、君に頼みたいことがあるんだ。

 

彼の声は落ち着いていて、しかし決意に満ちていました。

マルティンは驚いた顔をしましたが、すぐに落ち着きを取り戻し、"どのようなことでしょうか?"と尋ねました。

ルドラは、自分の手に入れた新しい牧場の話を始めました。"実は、新しく牧場を手に入れたんだ"彼の声は誇らしげで、その目は未来への期待で輝いていました。

 

ルドラ:そして、その牧場の経営を君に任せたいんだ。

マルティンは一瞬、驚きの表情を見せましたが、すぐに笑顔に変わりました。

 

マルティン:喜んでお引き受けいたします。牧夫にとって牧場の経営に携わるのは最高の目標であり、喜びでもあります。こんな夢のような事が私の人生に訪れるなんてとても信じられません。ルドラ様、ありがとうございます。貴方様は私の一生の恩人です。

ルドラは満足そうに微笑みました。

 

ルドラ:そう言ってくれると助かるよ。利益の分配方法は、経営者が3、資本家が7になっているが、それで構わないかね?

マルティンは頷き、"もちろんです"と答えました。

ルドラ:市内に君の住む家もある。元の持ち主の離れを使ってくれたまえ。牧場には牧夫も居抜きで付いている。牧場には奥さんも連れて行きなさい。

マルティン:こうなったら、彼女とは綺麗サッパリ別れます。あんな女に未練はありませんよ。

マルティン:ところでルドラさん、私に頼みたいことがあるんじゃありませんか?

ルドラ:良く分かったな。俺はお前のところの牧場主のやり口が気に入らないのだ。お前を死ぬほどこき使い、毎日女房のセックスの相手も出来ないほど疲労させておいて、お前の妻を寝取ってしまうやり口が酷すぎる。

マルティン:奴については私のほうがルドラ様よりもっと恨みがあります。いっそのこと殺してしまいましょうか?

ルドラ:そうすることは簡単だが、残された奥さんのマリア・エルナンデスさんが気の毒だ。

ルドラ:彼奴に馬を何頭かけしかけて、大怪我をさせてやろう。局部に怪我をさせて、性行為が出来なくするのが一番良いと思う。

マルティン:その考えは良いですね。早速今晩やってやりますぜ。お任せ下さい。

ルドラ:何とか上手くやってくれ。

その夜、エルナンデス牧場では大事件が起こっていた。放牧していた数十頭の馬が暴走して母屋の柵を越えて入ってしまい、中庭でコーヒーを飲んでいた牧場主のエルナンデスと横に居たパウラ・ペレスに怪我をさせたらしい。エルナンデスは下腹を馬に蹴られて全治5ヶ月の大怪我を負い、パウラ・ペレスも太ももを蹴られて全治2週間の軽いけがをしたという。

そのニュースはルドラにとって良いニュースの一つだった。その日の晩ルドラは悪いニュースと良いニュースを一つずつ聞いた。

悪いニュースとは市長選の対立候補の妻カルメン・ロドリゲス36歳とルドラが牧場を取り上げたルイス・ガルシア43歳が知り合いだったことだ。連中は騒ぎ立てるに違いない。

良いニュースとは上院議員リサンドロ・デ・ラ・トーレの弟子で上院議員選挙の候補者だったエンゾ・ボルダベヘレ暗殺事件の容疑者を捕まえたことだ。

☆悪いニュース
ルシエンヌから報告を受けた。

ルシエンヌ:ルイス・ガルシア43歳名義の屋敷・土地すべてを取り上げ、ルドラさんの名義に書き換えました。ただひとつ問題が起きましてね。

ルドラ:問題とは何だ?

ルシエンヌ:ルイス・ガルシアの妻ソフィア・ガルシア36歳が市長選の対立候補の妻カルメン・ロドリゲス36歳と大学の同級生でしてね。ソフィアがカルメンに何とかしてくれと泣きついたそうなんです。法律的には問題ないのですが、選挙運動に影響しませんかね?

ルドラ:そうだな。あることないこと言ってくるかも知れんな。こちらで対応を考えるから心配するな。今日はご苦労だったな。ぐっすり休んでくれ。

ルドラは久しぶりに旧知の高梨アデルミラに電話を掛けた。

高梨アデルミラ:あら、ルドラちゃん。随分お見限りね。たまにはビリヤードでもやりにいらっしゃいよ。

ルドラ:そのうち、行かせてもらうけど、今日は別件で電話したんだ。ルイス・ガルシアって牧場主を知っているかい?

高梨アデルミラ:知っているわよ。闘牛キチガイでしょう?キチガイ同士で賭けてルイス・ガルシアは一文無しになったそうよ。ルドラちゃんにも関係があるの?

ルドラ:俺の金融会社で500万アルゼンチンペソを貸したんだが、抵当流れになったんだ。それは良いんだが、ルイス・ガルシアから闘牛賭博で金を巻き上げた奴の名前を教えてくれよ。

高梨アデルミラ:ペドロ・ロペス38歳とマヌエル・ペレス34歳とか言っていたわね。イカサマでルイス・ガルシアから大金を巻き上げたって評判よ。詳しい手口は知らないけど。そう言えば、そちらの方にも借金がまだあると言っていたわ。奥さんのソフィア・ガルシア36歳さんも連帯保証をしていたらしくて困っているそうよ。

ルドラ:良くわかった。明日奥さんの所に行ってみるよ。奥さんが今何処にいるか知っているかい?

高梨アデルミラ:ルイスが奥さんの実家にしばらく厄介になると言っていたわ。実家の電話番号を言うからメモしてね。

ルドラは奥さんの実家に電話して奥さんを呼び出した。

ソフィア・ガルシア:貴方とお話することはありません。家・牧場をすべてお渡ししたんだからもう良いでしょう?

ルドラ:俺の方は別に良いんだが、他に借金があるんじゃないのかい?ペドロ・ロペス38歳とマヌエル・ペレス34歳にまだ借りていると聞いたぜ。

ソフィア・ガルシア:貴方には関係がありません。それとも私達に代わって借金を返して下さるとでも言うの。

ルドラ:話し次第では肩代わりしてやっても良いぜ。

ソフィア:条件は何なの?

ルドラ:俺は今ブエノス・アイレス市長選に立候補している。俺に有利な証言をしてくれるならいくらでも肩代わりしてやろう。

ソフィア:借金は1,000万アルゼンチンペソもあるのよ。大丈夫なの?

ルドラ:もちろんだ。今から俺の家まで取りに来い。

ソフィア:分かったわ。

今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。

 

後書き

市長選の対立候補の妻カルメン・ロドリゲス36歳とルドラが牧場を取り上げたルイス・ガルシア43歳が知り合いだったことを検察官のルシエンヌから聞いたルドラは早速手を打った。法律的には問題がないのは分かっていたが、借りたルイス・ガルシアにかなりの非があることを立証しないと市長選に差し障りが出てくる。アドリアナの話ではルイスは博打好きだと聞いていたから、久しぶりに高梨アデルミラに電話を掛けてルイス・ガルシアを知っているか?と聞いてみた。案の定、ルイスは博打好きで最近は闘牛に凝っていたそうだ。