小説「海と陸の彼方へ」

 

第一章ブエノス・アイレスの輝き

 

第11話……対立候補エミリオ・ロドリゲスの選挙演説

 

前書き

対立候補エミリオ・ロドリゲス40歳はコンコルダンシア「協調政策」という政治団体に加盟しています。彼はブエノス・アイレスの有力な一族の出身で、政治の世界での経験も豊富です。ルドラとフアナがカタリナの剛毛処理と言うブエノス・アイレス市長選とは全く関係のないことに熱心に取り組んでいる時、エミリオは家族が一丸となり、ボカ地区の演説会場で選挙演説を行っていました。選挙対策委員長代理をルドラから頼まれたルシエンヌ「明るい」19歳だけが偵察に行っていましたが、中々の名演説で反応も聞いている人たちの反応も上々でした。

 

本文

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登場人物「1935年1月1日時点」
主人公ルドラ15歳「24歳と偽っている」。手持ち現金550万アルゼンチン・ペソ。金塊127トン。ブエノス・アイレス司法府裁判検事。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー「資本金6千万アルゼンチン・ペソ」。ルドラ金融㈱会長兼CEO
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部下
タリオ「勇敢な戦士」21歳。ルドラ缶詰工業㈱専務。ルシエンヌの兄。シワトルの夫。カリブ族の男。獰猛。格闘技の達人。
シワトル「花の女神」28歳。タリオの妻。元タバスコ領主の妻。聡明で美しく、性格は穏やかで優しい。
ルシエンヌ「明るい」19歳。ブエノス・アイレス司法府検察官「刑事事件の捜査や起訴を担当」。選挙対策委員長代理。
モンバナ「高い山」男2歳。ルドラとルシエンヌの間の子。
カノア「風」40歳。ルシエンヌの父親。
アマタ「永遠の」38歳。ルシエンヌの母親。
アドリアナ・グラノジェルス25歳。ルドラ金融㈱COO。元ルドラの愛人。カジェタノの元妻。
ヘロニモ・デ・アギラール30歳。スペイン人。元コルテスの部下
イシュトゥル 「Ixchel」19歳。アギラールの妻。
パカル 「Pakal」男5歳。アギラールの息子。
ゴンサーロ・ゲレーロ28歳。スペイン人。
イディア・ンジンガ17歳。ゲレーロの妻。酒好き。陽気なアマゾネス。時々姿をくらます。
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その他の人々
マリア・エバ・ドゥアルテ16歳。悪魔のように可愛い女。高みに連れて行ってくれる男を求めて突進する。手段は選ばない。
フアナ・イバルグレン41歳。ルドラの愛人。マリアの母親。
エルヴィラ・ドゥアルテ13歳。マリアの妹。
カタリナ・イルデフォンソ20歳。ルドラ金融㈱営業部長。中田ボニファシオ38歳。日系人4世の男性。カフェ、レストラン&バーの経営者。
高梨アデルミラ32歳。日系人4世の女性。麻雀店、ビリヤード場の経営者。
レティオ・チュチョ33歳。メスチーソ。エステル・ラジオのプロデューサー。賭博好き。
カタリナ・リベラ・サンドバル34歳。アルベルト・ペレイラ・レボルコ「財閥の当主、政治家」の妻。社交界の華。芸術家支援、慈善活動を行っている。
カルロス・フルベック・オルトゥサル35歳。政治家であり外交官。若い妾を囲っており、妻のロサを顧みない。
ロサ・オルトゥサル30歳。カルロスの妻。アルゼンチンの貴族出身で社交界の名士。
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大型ガレオン船1隻「2,000名乗り、改良野戦大砲500台搭載」小型ガレオン船10隻「100人乗り、改良野戦大砲30台搭載」、キャラック船50隻「500名乗り、改良野戦大砲50台搭載」、砲丸5万発、後込め式小銃10万丁、弾丸500万発。馬5,000頭。荷馬車500台。
傭兵部隊「シラジの女奴隷軍500名、元ベニン王国黒人女奴隷軍500名」
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南アメリカ
帝国書院「地歴高等地図」P75,76

アンデス越え
帝国書院「新詳高等地図」P82

1935年1月21日、月曜日の午後6時。ボカ地区のブエノス・アイレス市長選出馬演説会場ではルドラの対立候補エミリオ・ロドリゲス40歳の立候補演説が終わったばかりであった。彼は本日出馬を表明し、急遽ここで午後4時から演説を行うことをラジオで表明した。

演説内容は、

「ブエノス・アイレスの皆さん、私の名前はエミリオ・ロドリゲス40歳です。私はあなた方の市長として、この素晴らしい都市をさらに前進させるために立候補しました。

私たちの国、アルゼンチンは大恐慌から立ち直るために、輸入代替工業化「ISI」という経済戦略を採用してきました。これは、我々が自分たちで生産できるようになるまで、輸入商品に依存することを減らすという戦略です。私はこの戦略を引き続き支持し、ブエノス・アイレス市の産業を発展させるために全力を尽くします。

税政策、関税政策、貿易政策についても、私たちは公債の削減、消費財の輸入の抑制、そしてアルゼンチンに必要な資本財を供給できる国々との二国間貿易協定の確保を目指しています。これらの政策は、我々の経済を強化し、市民の生活を改善するためのものです。

私たちの経済政策は、一見すると農業利益に基づくもののように思えますが、実際には国民主義的であり、国内産業の保護と発展を重視しています。私たちは、アルゼンチンの産業を守り、市民の仕事を守るために、必要な措置を講じます。

私は、ブエノス・アイレス市の市長として、これらの政策を推進し、市民の皆さんの生活を改善するために尽力します。私たちは一緒に、ブエノス・アイレスをさらに素晴らしい都市にすることができます。私にあなたの一票をください。ありがとうございます」

というもので、一般大衆には難しいものであったが、彼の奥さんカルメンの応援演説が良かった。

エミリオの演説が終わると、ステージには彼の妻であるカルメンが登場した。彼女はエミリオの政策を理解し、それを支持するために必要な情熱とエネルギーを持っていた。

「ブエノス・アイレスの皆さん、私の名前はカルメン・ロドリゲス36歳です。私の夫、エミリオが市長になれば、私たちの都市はさらに前進します。彼は私たちの生活を改善するための具体的な計画を持っています。彼は私たちの都市を愛し、私たちの都市を守るために全力を尽くします。

私たちの家族は、エミリオの政治生活を全面的に支えています。私たちの息子フェルナンド20歳「双子の弟」は、父の選挙活動を手伝うことで政治の経験を積んでいます。彼は学校で優秀な成績を収めており、将来は父の足跡をたどることを夢見ています。

私たちの娘イザベラ20歳「双子の姉」は、音楽と芸術に情熱を注いでいます。彼女はピアノを弾くのが得意で、地元の音楽学校で学んでいます。彼女は自分の才能を使って、父の選挙キャンペーンに貢献する方法を見つけようとしています。

私たちは一緒に、ブエノス・アイレスをさらに素晴らしい都市にすることができます。私にあなたの一票をください。ありがとうございます」

彼女の声は力強く、会場全体に響き渡った。彼女の言葉は観客の心に響き、彼らは彼女の熱意に感動した。彼女の演説が終わると、会場からは大きな拍手が起こった。観客たちは立ち上がり、彼女に向けて拍手を送った。

カルメンの演説は、エミリオの政策を理解し、それを支持するための情熱とエネルギーを観客に伝えることに成功した。彼女の熱意は観客に感染し、彼らはエミリオとカルメンのビジョンに共感し、彼らのリーダーシップを信じるようになった。

選挙対策委員長代理をルドラとマリアから頼まれたルシエンヌ「明るい」19歳だけが偵察に行っていたが、あまりの人気ぶりにルドラは大丈夫だろうかと不安に思ったぐらいだった。

☆翌朝、ルシエンヌから電話があり、ルドラは驚いた。エミリオ・ロドリゲス40歳のブエノス・アイレス市長選立候補は初耳だった。市長選には出馬せず、州知事選に出ると聞いていたからだ。

彼が演説するだろう内容も良く分かっていた。牛肉と穀物を売りたいし、国内産業「とりわけ工業」の保護と発展も重視したいのだ。アルゼンチンの輸出品「冷凍牛肉と穀物」はアメリカと競合するのでイギリスとの経済関係が何よりも重要であった。ところがそうもいかない事情が1932年に起こってしまった。

1932年のオタワ会議で英連邦諸国が域内特恵関税の実施を決めたのである。イギリス向けの冷凍肉輸出は、英連邦内のオーストラリアやニュージーランドと競合関係にあり、英連邦外の高い関税を掛けられたらとても太刀打ちできない。

そこでアルゼンチンはイギリスと翌年ロカ=ランシマン協定……注①を結んだ。

一口で言えば、牛肉をイギリスの人質に取られたアルゼンチンがイギリス資本に屈したわけだ。様々な公共事業「鉄道、金融、石油産業など」をイギリス資本に奪われた形である。冷凍牛肉をある程度イギリスに勝ってもらう見返りにイギリスの工業製品を買わされた。これを主導したのはアルゼンチン国内の農牧業者とりわけ肉牛業者である。当然アルゼンチン工業に従事する都市労働者の反発がある。アドルフはこの国内の反発に目を向ける。

☆朝食の支度「1935年1月22日火曜日朝6時」:ルドラ邸
ルドラの豪邸はブエノス・アイレスの高級住宅街にあり、静かな朝の光が窓ガラスを透かし、部屋全体に暖かさをもたらしていました。忙しく、そしてやや混乱した夜の後、家はまだ静寂に包まれていました。フアナ、41歳のルドラの愛人で家政婦、は昨夜、体調を崩し、今は安静にしています。その様子に心配を感じたルドラは、すぐさま電話で医者を呼びました。

キッチンでは、彼は簡単ながらも心を込めて、伝統的なアルゼンチンの朝食を作り始めました。新鮮なパンとクロワッサンはオーブンから取り出され、バターとマーマレードで添えられました。カフェ・コン・レチェ(コーヒーとミルク)の香りが部屋に広がり、それは目覚めの甘い誘惑でした。そして、一日の始まりを告げるフレッシュなフルーツがテーブルに並べられました。

ルドラは、フアナの娘である13歳のエルヴィラに、自分が作った朝食を差し出しました。彼女は少し心配そうに見えましたが、ルドラの優しさに感謝の微笑みを返しました。彼女が食事を終えると、ルドラは彼女をアメ車に乗せ、学校まで送りました。

家を出ると、ブエノス・アイレスの街並みはすでに活気に満ち溢れていました。ルドラはエルヴィラを学校に送り届けると、自身もブエノス・アイレス司法府のオフィスに向かいました。彼の心の中では、フアナの具合と一日の仕事が混ざり合っていましたが、彼はそれを上手に切り替えていました。家族のため、そして自分自身のために、彼は新たな一日を迎える準備ができていました。

☆午前9時:ブエノス・アイレス司法府 
ルドラがオフィスのドアを開けると部下のルシエンヌが来客だと言って応接間にルドラを連れて行った。

ソファーにはマリア・エバ・ドゥアルテと見知らぬ老紳士が座っていた。

老紳士:ルドラ裁判判事さんでしたな。私は民主進歩党所属のアルゼンチン上院議員をしているリサンドロ・デ・ラ・トーレ67歳と言います。

ルドラ:私は裁判判事を務めておりますルドラ24歳と申します。今日は何用でしょう?また私の選挙対策委員長を務めていますマリアとはどういった関係でございますか?

リサンドロ上院議員:私は民主進歩党の党首も務めておりまして、マリアさんは以前からの党員なのです。実は最近命を狙われましてね。

リサンドロ上院議員:民主進歩党員であるホリオ・ノーブルが以前に成功せずに試みた肉取引の調査を開始しました。調査の最中、デ・ラ・トーレの弟子で上院議員選挙の候補者だったエンゾ・ボルダベヘレが何者かに拳銃で撃たれたのです。私を狙った銃弾がそれて私の隣にいたエンゾ・ボルダベヘレに当たったというわけなのです。この事件をルドラさんに解決して頂きたいと思い、参上した次第です。

ルドラ:成る程。背後に対立政治団体コンコルダンシア「協調政策」がいるとお考えなのですね。

リサンドロ上院議員:おっしゃる通りです。

ルドラ:分かりました。お引き受けいたしましょう。

ルドラは部下の検事に事件の捜査を命じた。

ルドラ:マリア。お前が民主進歩党の党員だったなんて初めて知ったよ。

マリア:入党したのは最近よ。あんたが市長選に立候補して私を選挙対策委員長にしただろ。それからなのさ。

ルドラ:何だ。俺のために入党してくれたのか。お前も俺に惚れていたのか?

マリア:馬鹿言っちゃいけないよ。純粋にビジネスのためさ。今おかしな事を言ったね。「お前も」と言ったのはどうしてだい?正直に私に惚れているといいなよ。

ルドラ:馬鹿め。お前もと言ったのは他の女と同様にというつもりだ。そんなことより、フアナの身体の具合が悪いんだ。行ってやってくれないか?医者は呼んであるよ。

マリア:分かった。直ぐに家に帰るよ。

☆午前10時:ルドラ邸「フアナの居室」
妹のエルヴィラもフアナに呼ばれて医者の話を聞いていた。子宮癌と言う医者の声がドア越しにマリアの耳に届き、マリアの顔色は真っ青になった。エルヴィラが泣いている。フアナは覚悟を定めた様子だった。

マリア:今聞こえた子宮癌とはどういうことですか?

医者:フアナさんは末期の子宮癌を患っています。

マリア:手術が必要なのですか?

医者:もう他の臓器にも転移しており、手術は不可能です。余命は2週間ほどです。直ぐに動けなくなりますから、今から入院してもらいます。子宮頸がん予防のワクチンを開発しましたので貴女たちにも打ってあげましょう。

マリアとエルヴィラは否と言う間もなく、ワクチンを打たれてしまった。強引な医者だが腕には自信のある男のようだ。マリアとエルヴィラはこのワクチンを打ってもらったおかげで将来の子宮癌の発生を未然に防ぐことが出来た。

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注①……ロカ=ランシマン協定
ロカ・ランシマン条約は、1933年5月1日にアルゼンチンとイギリスの間でロンドンで署名された商業協定でした。この協定はアルゼンチンの副大統領ジュリオ・アルヘンティーノ・ロカ・ジュニアとイギリスの通商局長ウォルター・ランシマンによって署名されました。

この条約は、1929年のブラック・チューズデーとウォール街クラッシュの副産物として生まれました。1920年代と30年代において、イギリスはアルゼンチンの主要な経済パートナーでしたが、イギリスは自国の肉供給市場を保護するためにアルゼンチンからの牛肉輸入を大幅に制限することを決定しました。この計画はブエノスアイレスで即座に大反響を呼び、ロカ副大統領と交渉団がロンドンに派遣され、1933年5月1日にロカ・ランシマン条約として二国間条約が締結されました。

アルゼンチンの元老院はこの協定を法律#11,693によって批准しました。この条約は3年間続き、1936年のエデン・マルブラン条約として更新され、これによりイギリスへのさらなる譲歩と引き換えに小麦の運賃が下がりました。

この条約により、アルゼンチンとイギリスの間の商業関係が強化され、1932年「大恐慌の最低点」のレベルに相当する牛肉の輸出クォータが保証されました。具体的には、

アルゼンチンは少なくとも390,000トンの冷蔵牛肉の輸出クォータを保証されましたが、牛肉輸出の85%は外国の肉加工業者を通じて行われることとされました。イギリスはアルゼンチンの肉加工業者の最大15%の参加を「許可することに同意」しました。
アルゼンチンはイギリスの企業に対して「国の経済発展を最大限に保証し、これらの企業の利益を適切に保護するための寛大な扱い」を提供することを約束しました。
さらに、アルゼンチンが通貨制限を設けている間「海外への送金を制限」、イギリスがアルゼンチンでの購入に支払うすべてのものは、外債への支払いから一定の割合を控除することで国に戻ることができることも定められました。

また、アルゼンチンは当時イギリスから輸入されていた石炭などの商品に関して関税を免除し、石炭の購入はイギリスからのみ行うことを誓約しました。アルゼンチンはまた、すべてのイギリス製品に対する輸入関税を増やさず、アルゼンチンにあるイギリスの鉄道に支払われる料金を減らさないこと、あるいは特定の労働法律、例えば年金制度の資金提供からの免除などを約束しました。

しかし、この条約はアルゼンチンで強い政治的反響を引き起こし、後にリサンドロ・デ・ラ・トーレ上院議員の非難から衝突を引き起こしました。

この条約からイギリスが得た利益はより大きく、アルゼンチンは大恐慌時代の減少したレベルでアルゼンチンの牛肉を購入するという約束だけで、ほぼ350のイギリス製品に対する関税を1930年のレベルに引き下げ、主要な輸入品である石炭などに対する関税を課すことを控えることに同意しました。
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今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。

 

後書き

ルドラ裁判判事さんでしたな。私は民主進歩党所属のアルゼンチン上院議員をしているリサンドロ・デ・ラ・トーレ67歳と言います。私は裁判判事を務めておりますルドラ24歳と申します。今日は何用でしょう?また私の選挙対策委員長を務めていますマリアとはどういった関係でございますか?私は民主進歩党の党首も務めておりまして、マリアさんは以前からの党員なのです。実は最近命を狙われましてね。民主進歩党員であるホリオ・ノーブルが以前に成功せずに試みた肉取引の調査を開始しました。調査の最中、デ・ラ・トーレの弟子で上院議員選挙の候補者だったエンゾ・ボルダベヘレが何者かに拳銃で撃たれたのです。私を狙った銃弾がそれて私の隣にいたエンゾ・ボルダベヘレに当たったというわけなのです。この事件をルドラさんに解決して頂きたいと思い、参上した次第です。成る程。背後に対立政治団体コンコルダンシア「協調政策」がいるとお考えなのですね。おっしゃる通りです。分かりました。お引き受けいたしましょう。ルドラは部下の検事に事件の捜査を命じた。