小説「海と陸の彼方へ」

 

第一章ブエノス・アイレスの輝き

 

第7話……ロサと選挙と「ヴィラ・オルトゥサル女性協会」

 

前書き

ルドラはカタリナの言う通りにブエノス・アイレス市の市長選に出馬することを決めた。不法移民や職を失った工業労働者の住むビジャ31「Villa 31」で無料の住宅1万戸を建設する計画も進めているし、あとはロサさんが行っている女性の地位向上運動を応援すれば評判も上がるだろう。取らぬ狸の皮算用を行いほくそ笑んでいるルドラだったが、そうは問屋が卸さない。当時女性には選挙権も被選挙権もなかったし、政権を握っている保守派は大規模牧羊業者の紐付きであり、ルドラがもし仮に多数票を獲得しても選挙管理委員会が不正を行い、結果を変更してしまうだろう。そんな裏事情も知らず、ルドラはフアナとエルヴィラを相手に善良な家庭人を装い続けながら、一方では一目惚れしたロサの歓心を買うことに躍起になっていた。マリアだけはルドラの思惑を敏感に察知し、嘲笑った。

 

本文

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登場人物「1935年1月1日時点」
主人公ルドラ15歳「24歳と偽っている」。手持ち現金550万アルゼンチン・ペソ。金塊127トン。ブエノス・アイレス司法府裁判検事。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー「資本金6千万アルゼンチン・ペソ」。ルドラ金融㈱会長兼CEO
ノンヴィグノン「Nonvignon」20歳。ルドラの正妻。元ダホメ国王ウェグバジャの正后。穏やかで母性あふれる女性。マッスーファ族「Masufa」出身でシャルロッテに負けず劣らずの美貌の持ち主。ルドラをこの世界で成功させるため、彼女も娘のハングべも次回までに元いた世界に戻っていく。
ハングべ「Hangbe」3世女1歳。ルドラとノンヴィグノンの娘。
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部下
タリオ「勇敢な戦士」21歳。ルドラ缶詰工業㈱専務。ルシエンヌの兄。シワトルの夫。カリブ族の男。獰猛。格闘技の達人。
シワトル「花の女神」28歳。タリオの妻。元タバスコ領主の妻。聡明で美しく、性格は穏やかで優しい。
ルシエンヌ「明るい」19歳。ブエノス・アイレス司法府検察官「刑事事件の捜査や起訴を担当」。
モンバナ「高い山」男2歳。ルドラとルシエンヌの間の子。
カノア「風」40歳。ルシエンヌの父親。
アマタ「永遠の」38歳。ルシエンヌの母親。
ヘロニモ・デ・アギラール30歳。スペイン人。元コルテスの部下
イシュトゥル 「Ixchel」19歳。アギラールの妻。
パカル 「Pakal」男5歳。アギラールの息子。
ゴンサーロ・ゲレーロ28歳。スペイン人。
イディア・ンジンガ17歳。ゲレーロの妻。酒好き。陽気なアマゾネス。時々姿をくらます。
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その他の人々
マリア・エバ・ドゥアルテ16歳。ルドラ金融㈱COO。悪魔のように可愛い女。高みに連れて行ってくれる男を求めて突進する。手段は選ばない。
フアナ・イバルグレン41歳。ルドラの愛人。マリアの母親。
エルヴィラ・ドゥアルテ13歳。マリアの妹。
カタリナ・イルデフォンソ20歳。ルドラ金融㈱営業部長。
中田ボニファシオ38歳。日系人4世の男性。カフェ、レストラン&バーの経営者。
高梨アデルミラ32歳。日系人4世の女性。麻雀店、ビリヤード場の経営者。
レティオ・チュチョ33歳。メスチーソ。エステル・ラジオのプロデューサー。賭博好き。
アドリアナ・グラノジェルス25歳。ルドラの愛人。カジェタノの元妻。
カタリナ・リベラ・サンドバル34歳。アルベルト・ペレイラ・レボルコ「財閥の当主、政治家」の妻。社交界の華。芸術家支援、慈善活動を行っている。
カルロス・フルベック・オルトゥサル35歳。政治家であり外交官。若い妾を囲っており、妻のロサを顧みない。
ロサ・オルトゥサル30歳。カルロスの妻。アルゼンチンの貴族出身で社交界の名士。
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大型ガレオン船1隻「2,000名乗り、改良野戦大砲500台搭載」小型ガレオン船10隻「100人乗り、改良野戦大砲30台搭載」、キャラック船50隻「500名乗り、改良野戦大砲50台搭載」、砲丸5万発、後込め式小銃10万丁、弾丸500万発。馬5,000頭。荷馬車500台。
傭兵部隊「シラジの女奴隷軍500名、元ベニン王国黒人女奴隷軍500名」
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南アメリカ
帝国書院「地歴高等地図」P75,76

アンデス越え
帝国書院「新詳高等地図」P82

☆良き家庭人を装うルドラ
1935年1月14日火曜日の夜、午後8時頃、ブエノス・アイレス市の大企業家であるルドラが突然帰宅し、愛人兼家政婦のフアナに夕食の支度を頼みました。ルドラはアルゼンチンの家庭料理が大好きで、フアナの作る料理をいつも美味しいと褒め称えていました。

5年前に夫を病気で亡くしたフアナは、娘とふたりきりで困っていたところを、若いルドラに同情され、家政婦として雇ってもらいました。そのうちルドラと親密になり、彼の性的な要求に応じるようになってしまいました。

フアナはルドラのために美味しい料理を作り始めました。

エマパナーダ「パイ生地で肉、野菜、チーズなどの具材を包んで焼いたり揚げたりした料理」、ミラネーサ 「牛肉や鶏肉を薄く叩いて衣をつけ、揚げたカツレツ風の料理」、ロコロ 「 豚肉や牛肉、コーン、野菜を煮込んだ濃厚なシチュー」を手早く用意し、チミチュリソース「パセリ、ニンニク、オリーブオイル、酢などを混ぜたソースで、肉料理によく合わせられます」を掛けて、ぶどう酒と一緒に出します。

彼女が手際よくキッチンで働く姿は、まるでアルゼンチンの家庭料理が息づいているかのようでした。2人は夕食を楽しく過ごし、会話も弾んでいました。

食事が終わると、ルドラはフアナに感謝の言葉を述べ、彼女の手料理の美味しさを改めて称えました。その後、2人は寝室へと移動しました。ベッドに横たわるルドラとフアナは、互いの温もりに包まれながら、愛情を確かめ合うように抱き合いました。

ルドラはフアナの髪を優しく撫でながら、彼女をいつも支えてくれることに感謝していると伝えました。フアナもルドラに対して、彼女と娘を助けてくれたことに心から感謝していると伝えました。

夜が更ける中、2人は互いの心と体を重ね合わせ、優しく愛し合いました。その夜、ルドラとフアナは絆を深め、互いに支え合う存在として、共に過ごす日々を大切にしようと誓い合った。

翌朝、午前5時に目覚めたフアナは、朝食の準備に取り掛かりました。彼女はアルゼンチンの伝統的な朝食メニューであるファクトゥラ(Facturas、焼き菓子)やメディアルーナ「アルゼンチンの伝統的な甘いパン。くるみや砂糖が入っている」、トーストとバター&ジャム、ヨーグルトやシリアル、ミルクと穀物「シリアルやグラノーラ」、コーヒー、紅茶、マテ茶を用意し、さらにフレッシュな果物を盛り付けました。

朝食が準備できたことを確認したフアナは、隣室で寝ている娘のエルヴィラを起こし、その後、ルドラの部屋へ行って彼も起こしました。エルヴィラはルドラの支援により、私立の学校コレヒオ・サンタ・マリア・デ・ロス・ブエノス・アイレスに通っていました。

3人がテーブルに揃い、アルゼンチンの伝統的な朝食を楽しみました。ルドラはファクトゥラに満足そうな顔をし、エルヴィラもマテ茶を美味しそうに飲んでいました。朝食の時間は、家族が一緒に過ごす大切な時間であり、会話も楽しく弾んでいました。

朝食が終わると、フアナはルドラとエルヴィラに一日の活力を送るため、笑顔でエールを送りました。ルドラは自分の会社へ向かい、エルヴィラは学校へと出かける準備を整えました。フアナは娘に大事な書類や教科書が入ったカバンを手渡し、ルドラには仕事で必要な書類を持たせました。

ルドラはエルヴィラを車に乗せ、学校まで送りました。彼はエルヴィラに、一日頑張るようにと声をかけ、優しい微笑みを浮かべました。エルヴィラもルドラに感謝の気持ちを伝え、元気よく学校へと向かいました。

こうして、フアナはルドラと娘エルヴィラを朝の光の中で見送りました。彼女は家族の笑顔を見ることができ、自分の役割を果たせたことに満足感を覚えながら、家事に戻りました。

1935年1月15日水曜日午前9時:ルドラ金融㈱
マリアがニヤニヤしながらルドラに挨拶する。

マリア:会長、お早う御座います。最近家族ごっこに身が入っていますね。

ルドラ:家族ごっことは何だ。聞こえが悪いだろう。変な言い方をするな。

マリア:分かりましたよ。ブエノス・アイレス市の市長選に立候補するつもりでしょう?

マリア:私のお母さん「フアナ」から悪い評判を広められたくないんでしょう。愛人を家政婦代わりに使っているってね。

ルドラ:別に俺はそう言われても良いよ。フアナは俺の愛人だし、俺の面倒を見るのは当然だよ。

マリア:お母さんのことが好きなの?

ルドラ:俺にも良く分からんが、お前よりも人が良いし、俺を裏切らない女だとは思っている。

マリア:他にも愛人が居るでしょう?

ルドラ:ノンヴィグノンとは別れることにしたし、カタリナとは一度寝たけど別に愛人にするつもりはない。愛人はフアナだけだよ。俺は戸籍上もカトリック教徒としても独身だからな。お前にもフアナにもカタリナにもとやかく言われる筋合いはないぜ。フアナもカタリナも俺のことが嫌なら別れれば良い。束縛するつもりはないよ。

マリア:ふん。大悪党のくせに善人ぶっているあんたが気に入らないだけよ。

ルドラ:何だ。俺に悪いことをさせたがっているように聞こえるな。

ルドラ:そんなことより、フランシスコのやつが50万ペソ借りた理由は掴めたか?

マリア:分かったわ。女ができたのよ。ボカ地区に別宅を構える資金だそうよ。

ルドラ:女が出来たくらいで50万ペソも必要になるはずは無いがな。俺はフランシスコのやつが組合の資金を横領したと思っているんだ。3月に監査が入るとばれるから穴埋めしたかったのだろう。まあ、女が出来たから組合の資金を横領したんだろうけど。

ルドラはマリアに労賃として、100ペソ渡した。

マリアは不服そうで、1,000ペソ寄越せと言う。

ルドラ:女の住所と名前が分かれば1,000ペソやる。フランシスコが組合の金に手を付けたと言うことが分かれば一万ペソやる。証拠をつかめばもう一万ペソやる。

喜ぶマリアにルドラは伝えた。

ルドラ:お前が想像している通り、俺は4月1日のブエノス・アイレス市の市長選に立候補する。

ルドラ:お前は貧乏人たちと付き合いが深いから、俺の選挙対策委員長になってくれ。

マリア:なっても良いけど、給料は幾らくれるの?

ルドラ:そうだな。お前はルドラ金融㈱を辞めて専業になってもらうから、月に1,000ペソやろう。俺が当選したらボーナスとして2,000ペソ出してやる。

マリア:月に2,000ペソ、当選ボーナスは5,000ペソちょうだい。それなら引き受けるわ。

ルドラはマリアに前金で2,000ペソ渡した。

☆選挙対策委員長マリア
マリアは、ルドラが書いた演説の草稿を読んでみた。

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親愛なるブエノス・アイレス市民の皆様、本日は私ルドラが市長選に立候補することを宣言するために、皆様の前に立つ栄誉を得ました。私はここで強く訴えたいと思います。それは、女性の地位向上を目指し、女性の教育、健康、就労機会の向上、そして家長制の打破を求める政策です。

私は、ロサさんと出会ってから、彼女との様々な経験を通して、女性が抱える問題が深刻であることを痛感しました。彼女との出会いが私の人生を大きく変え、この市の未来をより良いものにしたいという強い想いが生まれました。

まず、女性の教育を向上させることが重要です。教育は個人の成長と社会の発展に不可欠な要素です。私たちは、女性も男性と同様に、高等教育を受ける機会を与えられるべきだと考えています。そのためには、教育機関においてジェンダーの均等を確保し、女性が安心して学べる環境を提供することが求められます。

次に、女性の健康に関する問題に取り組む必要があります。女性の健康は、子どもたちの健康や家族の幸せにも密接に関わっています。私たちは、妊娠や出産、更年期など、女性特有の健康問題に対するサポートを強化し、適切な医療サービスが提供されることを目指します。

また、女性の就労機会の向上も大切です。現在でも女性は男性に比べて就労機会が限られており、賃金格差も存在しています。私たちは、職場でのジェンダー平等を実現し、女性が自分の能力を十分に発揮できる環境を整えることが必要だと考えます。

最後に、家長制の打破を目指します。家庭において、男性が一方的に権力を持つ家長制は、女性の自立や家族の健全な関係に悪影響を与えています。私たちは、家庭内でのジェンダー平等を実現し、女性が自分の意志を持ち、自分の人生を自由に選択できる社会を築くことを目指します。

私ルドラは、こうした政策を実現するために、ブエノス・アイレス市の市長に立候補しました。皆様のご支援をお願い申し上げます。共に、女性の地位向上を実現し、より良い未来を築いていきましょう。どうか、皆様の力を貸していただけますようお願い申し上げます。
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何とも甘ったるい文章である。女性には受けるかも知れないが、女性に受けても意味がない。何故なら、この時点では女性には選挙権や被選挙権が与えられていなかったからだ。

マリアは、アルゼンチンの労働総同盟「CGT」の方針すなわち「労働者の権利や福利厚生の向上を目指し、労働条件の改善、労働時間の短縮、給与の増加などの要求を行う」を入れるべきだと思い、草稿を以下の通りに直した。

「私、ルドラは、ブエノス・アイレス市長選に立候補することを宣言します。私の主張は、女性の地位向上と教育、健康、就労機会の改善、家長制の打破、そして労働者の権利や福利厚生の向上です。

ロサさんとの経験を通じて、女性が抱える問題の深刻さを痛感しました。彼女との出会いが私の人生を変え、この市の未来を改善したいという強い思いが生まれました。

まず、女性の教育を向上させる必要があります。女性も男性と同じく高等教育を受ける機会を提供すべきです。そのためには、教育機関でのジェンダー平等と安心して学べる環境を確保する必要があります。

次に、女性の健康問題に取り組みます。女性の健康は子供や家族の幸福にも関わります。妊娠や出産、更年期など女性特有の健康問題に対するサポートを強化し、適切な医療サービスを提供することを目指します。

また、女性の就労機会の向上も重要です。女性はまだまだ男性に比べて就労機会が限られており、賃金格差も存在しています。職場でのジェンダー平等を実現し、女性の能力を最大限に発揮できる環境を整備します。

さらに、労働者の権利や福利厚生の向上も重要な要素です。労働条件の改善、労働時間の短縮、給与の増加などの要求を行い、労働者の権利を守ります。

最後に、家長制を打破します。家庭内での男性の一方的な権力は女性の自立や家族関係に悪影響を与えています。家庭内でのジェンダー平等を実現し、女性が自由に意思を持ち、自分の人生を選択できる社会を築きます。

私、ルドラはこれらの政策を実現するために市長選に立候補しました。皆様の支援をお願いします。一緒に女性の地位向上とより良い未来を築きましょう。皆様の力をお借りできれば幸いです」

しかしルドラはマリアが手を入れたこの訂正原稿を肯んぜず、元の原稿のままにした。

ルドラは口に出しては言わなかったが、ロサに一目惚れしており、ロサの気持ちをルドラに向けるのに必死だったのだ。来週の日曜日に招待されているロサ邸でのランチに来ていくスーツやロサへの贈り物選びに真剣に取り組んでいたのである。確かにこの時点では女性には選挙権も被選挙権も与えられておらず、ロサの歓心を買うために選挙の公約に入れたところで家父長制度に毒された男性の票を獲得することは無理であった。ルドラは再来週の月曜日に分かる投票予想結果を見て愕然とする。

今回はここまでにしておきましょう。次回をお楽しみに。

 

後書き

ルドラ、ロサを口説く……1935年、ブエノスアイレス市で繁盛する大企業を経営するルドラという24歳の若者は、ある日、ヴィラ・オルトゥサル女性協会の設立者の一人であるロサさんに出会った。彼女は美しく魅力的な30歳の既婚女性で、ルドラはたちまち彼女に心を奪われてしまった。猛烈なアタックを繰り返すうちに、とうとうロサさんを説得し、彼女の自宅でのランチに招待されることに成功した。そこでルドラは、彼女の夫カルロスさんが若い女性を愛人にしており、ロサさんを蔑ろにしていることを知った。これを好機と見た独身のルドラは、彼女を口説き落とすために熱心にアプローチを続けた。彼女の自宅でのランチの日、ルドラは最高のスーツに身を包み、彼女に会いに行った。ロサさんは素晴らしい料理を振る舞い、ルドラは彼女の優雅さにさらに惹かれていった。食事中、ルドラは彼女に対する自分の想いを語り、彼女の美しさや知性を賞賛し続けた。また、カルロスさんが彼女を大切にしないことについても触れ、彼女がもっと幸せになるべきだと説得した。ロサさんは彼の言葉に感動し、彼の熱意に少しずつ心を開いていった。ルドラは彼女の手を取り、自分が彼女を幸せにすることを約束した。そして、その日を境に、彼らの熱い恋が始まったのであった。