小説「海と陸の彼方へ」

 

第一章ブエノス・アイレスの輝き

 

第3話……アルゼンチンの上級検事となるルドラ

 

前書き

震えているカタリナを日系人カフェの前まで取り敢えず連れてきた。ルドラが事の顛末を話すと、マリアは震えだした。お姉さんはポン引きのルシオ26歳から紹介されて金持ちの客を取っていたのよ。警察がルシオに聞けば全部白状してしまうわ。ルドラとタリオはすっ飛んでいき、アメ車の中に居た男を引きずり出して身元を確認しました。身分証にはルシオ・イポリト26歳とあります。ルシオを脅すと客の身元をすっかり白状しました。金持ち客のリストを持っていたのでそれも出させました。こんなやつを生かしておく理由もないのでルドラは首を絞めて殺し、さっきと同様に、油を撒いてから火を付けました。

 

本文

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登場人物「1934年1月1日時点」
主人公ルドラ14歳。手持ち現金600万アルゼンチン・ペソ。金塊29トン。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー「資本金6千万アルゼンチン・ペソ」。
ノンヴィグノン「Nonvignon」20歳。ルドラの正妻。元ダホメ国王ウェグバジャの正后。穏やかで母性あふれる女性。マッスーファ族「Masufa」出身でシャルロッテに負けず劣らずの美貌の持ち主。
ハングべ「Hangbe」3世女0歳。ルドラとノンヴィグノンの娘。
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部下
タリオ「勇敢な戦士」21歳。ルドラの部下。ルドラ缶詰工業㈱専務。ルシエンヌの兄。シワトルの夫。カリブ族の男。獰猛。格闘技の達人。
シワトル「花の女神」28歳。タリオの妻。元タバスコ領主の妻。聡明で美しく、性格は穏やかで優しい。
ルシエンヌ「明るい」19歳。カリブ族の女。女戦士。弓矢「毒矢」の達人。
モンバナ「高い山」男1歳。ルドラとルシエンヌの間の子。
カノア「風」40歳。ルシエンヌの父親。
アマタ「永遠の」38歳。ルシエンヌの母親。
ヘロニモ・デ・アギラール30歳。スペイン人。元コルテスの部下
イシュトゥル 「Ixchel」19歳。アギラールの妻。
パカル 「Pakal」男4歳。アギラールの息子。
ゴンサーロ・ゲレーロ28歳。スペイン人。
イディア・ンジンガ17歳。ゲレーロの妻。酒好き。陽気なアマゾネス。時々姿をくらます。
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その他の人々
マリア・エバ・ドゥアルテ15歳。日系人カフェの女給。悪魔のように可愛い女。高みに連れて行ってくれる男を求めて突進する。手段は選ばない。
フアナ・イバルグレン40歳。マリアの母親。
エルヴィラ・ドゥアルテ12歳。マリアの妹。
カタリナ・イルデフォンソ19歳。マリアの姉「自称」。レストラン&バーの女給をしていると言うが。
中田ボニファシオ37歳。日系人4世の男性。カフェ、レストラン&バーの経営者。
高梨アデルミラ31歳。日系人4世の女性。麻雀店、ビリヤード場の経営者。
レティオ・チュチョ32歳。メスチーソ。エステル・ラジオのプロデューサー。賭博好き。
カジェタノ・グラノジェルス32歳。グラノジェルス金融㈱社長。
アドリアナ・グラノジェルス24歳。カジェタノの妻。
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大型ガレオン船1隻「2,000名乗り、改良野戦大砲500台搭載」小型ガレオン船10隻「100人乗り、改良野戦大砲30台搭載」、キャラック船50隻「500名乗り、改良野戦大砲50台搭載」、砲丸5万発、後込め式小銃10万丁、弾丸500万発。馬5,000頭。荷馬車500台。
傭兵部隊「シラジの女奴隷軍500名、元ベニン王国黒人女奴隷軍500名」
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南アメリカ
帝国書院「地歴高等地図」P75,76

アンデス越え
帝国書院「新詳高等地図」P82

1934年11月4日日曜日午前7時:ルドラビル5階
ドアを遠慮がちにノックする音がする。ルドラは昨夜のグラノジェルス邸侵入で疲れ果てぐっすり寝込んでいた。

キーを掛けるのを忘れていたのだろう。女性がドアを開けて部屋に入り、朝食をベッドの傍のテーブルに置く。

ルドラが掛け布団をはねのけ、女が掛け直そうと近寄ってきた時、ルドラは女を抱き寄せ、ベッドの中に引き入れた。

女は逃げようともがくがルドラは離さず、器用に彼女の衣服を剥ぎ全裸にした。大声を出そうとする彼女の口を塞いでそのまま行為に及んだ。

行為が終わると直ぐに、フアナ・イバルグレン40歳「マリアの母親」は黙って身繕いをし、部屋から出て行った。

フアナが作った朝食を食べてから、ルドラはタリオ夫妻を呼び、エルヴィラ・ドゥアルテ12歳「マリアの妹」の転校手続きに付き添ってやれとシワトルに指示した。

お母さん「フアナ・イバルグレン40歳」を差し置いて私が行っても良いんですか?

フアナは俺やタリオと一緒にグラノジェルス金融㈱の社長宅まで連れて行く。フアナの部屋に行ってふたりを連れてこい。

シワトルがフアナの部屋に行き、今日の予定を話した。フアナもエルヴィラも大人しく従った。マリアとは正反対の穏やかな母子である。

ルドラは最近購入した2台のアメ車に乗り、ブエノス・アイレスの高級住宅地レコスタ地区へ向かった。

レコレタ地区は、ブエノス・アイレス市内北部に位置し、フランス風の建築物が立ち並ぶ美しい街並みが特徴だった。

レコレタ地区には、高級レストラン、カフェ、ショップ、劇場、美術館、博物館などがあり、文化的な活動やエンターテインメントにも恵まれていた。また、レコレタ地区には、有名な霊園であるレコレタ墓地もあり、多くの著名人が埋葬されていた。

しかし、一方でレコレタ地区には貧困な人々も住んでおり、富裕層と貧困層の差が顕著だった。

ルドラは助手席にフアナを乗せ、もう一台の車はタリオが運転し、助手席に妻のシワトル、後部座席にエルヴィラ・ドゥアルテ12歳「マリアの妹」を乗せている。

フアナが遠慮がちに聞く。

何処に行くのですか?娘の学校では無いですよね。

先にエルヴィラの学校へ行く。そこでシワトルとエルヴィラを降ろしてまた別のところへ行く。グラノジェルス金融㈱の社長宅へ行くのだ。

私を連れて行っても御役には立てませんよ。

俺の隣に居るだけで良いのさ。お前のような美人がそばにいると俺の鼻が高い。

単刀直入に褒められてフアナは二の句が告げなかった。だが悪い気はしなかった。今朝もうかうかと犯されてしまったが、不思議なことにルドラを憎む気にはならなかった。

娘の学校に着くまでの間に3回ほど赤信号で車が停まったが、その度にフアナはルドラに強く抱き締められ、長い長いキスを受ける。タリオの車も後にピタッと付いているのでキスしているところを娘に見られているのではないかとフアナは気が気でなかった。しかし、フアナは嫌がらずルドラの抱擁を受け入れていた。

やがて、娘の学校に着き、娘とシワトルを降ろして、目的の家に到着する。フアナが見たことのないような大きな邸宅であり、フランスの小さなお城のような景観である。

お城の入り口でひと悶着あった。ブエノス・アイレス市警の警官たちがルドラたちを拘束しようとした。

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注……1940年代のブエノス・アイレスの警察組織は、市警察「Policía de la Ciudad de Buenos Aires」と国家警察「Policía Federal Argentina」の2つの主要な組織から構成されていました。

市警察は、ブエノス・アイレス市内の警備と秩序を維持するために設立されました。一方、国家警察は、連邦政府の管轄下にあり、全国的な安全と秩序を維持するために活動していました。

これらの組織は、監視、犯罪捜査、パトロール、交通管理、および刑務所管理などのさまざまな職務を担当していました。また、政治的に重要な人物の警備も行っていました。
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ルドラ、タリオ、フアナの3人はそのまま市警に連行され、取り調べを受けた。ルドラは担当検事ブラス・セスコ41歳にグラノジェルス金融㈱社長カジェタノ・グラノジェルス32歳の借用書を見せた。

それには、彼がバルタサール・アマビスカ56歳に額面5,000万ペソを借用し、期限は1934年11月3日土曜日午後7時となっており、この時刻を過ぎるとカジェタノ・グラノジェルス名義の財産はすべてバルタサール・アマビスカの所有となると書いてあった。

本人のサインもあり、連帯保証人には彼の妻アドリアナ・グラノジェルス24歳がなっており、彼女のサインもある。

ルドラはこの債権をバルタサール・アマビスカから買い取った証文も見せた。

検事はグラノジェルス夫妻が昨晩覆面強盗に襲われ、借用書に無理やりサインさせられたと申し立てている。

ルドラは答えた。

それは大変お気の毒だが、私には無関係だ。覆面強盗が早く捕まることを祈っております。

検事は返答に困り、反論しようとしたが無理だった。

ルドラはブラス・セスコ検事41歳が困っているのを見て取り、彼に1万ペソの現金を掴ませ事件の幕引きとした。

無事釈放されたルドラたちは市警の隣りにあるレストランで昼食を摂り、再度カジェタノ・グラノジェルス邸に向かった。今度はブラス・セスコ検事41歳も同行している。

1934年11月4日日曜日午後1時: レコレタ地区カジェタノ・グラノジェルス邸
今度はグラノジェルスに面会できた。ルドラは無言で彼に借用書と譲渡証明書を突きつけ、「もう期限は過ぎた。この城の土地・建物やお前の財産は俺の物だ。直ちに出て行け」と告げた。

先程の1万ペソの賄賂が効き、ブラス・セスコ検事41歳も口添えしてくれる。

法律的にはルドラさんの方が正しく貴方は速やかに全財産をルドラさんに引き渡さねばなりません。

グラノジェルスは頭を下げ、

もう少し待ってくれ。5,000万ペソを何とか作ってくる。

どのくらい待てば良いんだ?1週間以上は待てないな。

1週間で良い。

良し。その間、奥さんを形に取るぞ。また金利は500万ペソだ。

グラノジェルスは已むを得ず了承し、ルドラはアドリアナ・グラノジェルス24歳を一緒に連れ帰った。

車の後部座席でアドリアナ・グラノジェルス24歳は身を震わせ、私をどうするつもりですか?とルドラに聞く。

別にどうするつもりもないよ。心配するな。俺のビルで1週間過ごせば良い。部屋はいくらでもあるから好きな部屋を使用せよ。

私の身体を要求することは無いのですね?

そんなつもりはない。お前がしたければしてやるが、俺には妻も子供も居るし、助手席に座っているフアナのことが好きだからお前には手を出すことはない。

そう言われてアドリアナは安心する一方で侮辱されたような気もした。助手席の女性は確かに美人だが、中年の女性であり、その人よりも魅力がないと言われたように感じたのだ。フアナはルドラにはっきり言われて本心から嬉しかった。

ルドラはカジェタノ・グラノジェルスがこのまま大人しく5,000万ペソという大金を用意してくるとは思えなかった。連中は前触れもなく店を襲ってくるような連中だ。

今晩ビルを襲ってくるような予感が働き、市警に寄って先に帰ったブラス・セスコ検事を呼び出し、ビルの警護を頼んだ。賄賂を10万ペソ掴ませたら喜んで承諾した。

ビルに着いたら早速襲われていた。この間の連中だ。ハンマーでところ構わず破壊している。10数名居たがルドラは全員やっつけてビルの入り口にロープで縛り放り出しておいた。市警も到着し、連中は拘束された。ブラス・セスコ検事の取り調べでカジェタノ・グラノジェルスの命令で襲ったと白状し、カジェタノも拘束された。

ルドラは約束の一週間をビル一階のマージャン店で過ごした。カフェも麻雀店も連中の手で破壊され、再建する間はビルの一階に高梨が仮店舗を開いたのである。

結構繁盛し、人手が足りなくなったのでブラブラ遊んでいたアドリアナが看板娘を引き受けた。看板人妻と言った方が良いのだが、年が24歳とまだまだ若いので彼女目当ての客がずいぶん増えた。高梨もまだ31歳なのだが30代と20代とでは違うらしい。

客からアドリアナ、アドリアナと可愛がられ、アドリアナも張り切っていた。ルドラもタリオも相変わらず麻雀が弱くほとんど負けっぱなしだったが、アドリアナは違った。素質があったのだろう。たった3日で負け知らずになり、中田や高梨よりも強くなった。ルドラとタリオはアドリアナには勝ったことがなかった。

何れにしても、めでたく一週間が過ぎ去り、カジェタノ・グラノジェルスの財産はルドラの所有となり、アドリアナもカジェタノと離婚した。

アドリアナには自由にして良いと言い渡したが、ルドラの愛人になりたいと言い出した。フアナが怒り、ルドラは責められたがアドリアナには行くところが無いからと説得し、結局アドリアナもルドラの愛人2号となった。

ルドラは検事になるべく採用試験を受けようとしたが、ブラス・セスコ検事に諭され、司法大臣のシプリアノ・レガラド57歳にしかるべき賄賂を渡さないと合格しないから俺に金を渡せと言われた。

どうせこいつが半分取るんだろうとは思ったが、已むを得ず50万ペソの賄賂を掴ませた。勿論採用試験は受けたし、自信もあった。

渡した賄賂が高額で司法大臣が驚いたようで、ルドラは最初から上級検事に任命された。

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注……1940年代のアルゼンチンにおける公務員の採用は、政治的な関係性やパトロン(後援者)の影響力が強く、公正な競争原則が守られていたわけではありませんでした。公務員採用試験が導入されていたものの、実際には合格者の多くが政治的な影響力を持つ人物やその家族であったため、能力や資格に応じた採用が行われていたとは言い難い状況でした。

また、公務員の解雇も容易ではなく、不正行為や能力不足による失敗が明らかになっても解雇されないことが多かったため、職場の人間関係が悪化したり、業務効率が低下したりすることがよくありました。
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今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。

 

後書き

ルドラは最近購入した2台のアメ車に乗り、フアナを連れてブエノス・アイレスの高級住宅地レコスタ地区へ向かった。グラノジェルス金融㈱の社長宅まで借金の取り立てに行くのである。フアナには自分の本当の姿を見せておきたいと思ったのだ。娘のマリアと同様に見かけは天使でも中身は悪魔と同じだとな。グラノジェルスはブエノス・アイレス市警に昨夜の事件を訴えていた。屋敷「城」の前には警官たちが待機しており、ルドラたちは市警まで連行され取り調べを受けたが、ルドラに分がある証拠を示されグラノジェルスから賄賂を受け取っていた担当検事は困っていた。すかさずルドラも賄賂を握らせ、担当検事をこちらの味方にさせた。